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2005-08-27(Sat)

「生きたい」という欲求

8月27日

いつものように点滴がつながってるため、熟睡できぬまま6時起床。朝食はいつものパン食と違い、おかゆと塩サバだった。完食。
今日は土曜なのでおそらく検査も外来治療もない。Dr.たちが入れ替わり回診に来るが、ともかく抗癌剤投与前の下準備を早く終えて、始めましょう、とのこと。

お昼はカニクリームコロッケ、美味。抗癌剤副作用中は揚げ物の匂いも嫌になるというが、どうなんだろう。TVを見ながら完食。
フジというか産経新聞のCMで、女子アナが焼き魚をくわえて逃げるCGの猫を追いかけながら宣伝するというものがあるが(原典は「サザエさん」の主題歌「オサカナくわえた…」だろう)、家で連れ合いといつもあれを見たあと「あの猫を捕まえたとして、どうするんだろう。野良猫から魚を取り戻して、それを自分らが食べるのかね」と話していたのを思い出す。
その野良猫を追いかけていったら、路地裏に入り、そこにはお腹を空かせた子猫が数匹待っていて、野良猫はそれらの母猫で、必死で取ってくわえてきた焼き魚をそっと子猫たちに与えはじめる。その痩せた背骨の浮いた母猫の後姿を見て、何をするというのだろうか…なんてことを想像していたら、涙腺がゆるんで本当に涙が出かかったのでビックリした。フと「性悪猫」を思い出した。

世の中はどんどん大雑把で、利己的で、優しくなくなってきている気がする。今がよければいい、自分さえよければいい、それは知性の問題というか、想像力の欠如ではないかと思う。
病気になってからつくづく感じたことに「自分の体を大事にするということは、自分を愛する人を大事にするということだ」ということがある。連れ合いはここ数日風邪でこちらへは来られない、しかし来られたとしても、そのことは確実に向こうの負担になると知っている。十年前に誤診から膵臓の機能をほぼ失い、今ではインスリン自己注射の身だ。右腎臓も腫瘍で摘出し、今は肝機能も悪い。その状態の連れ合いに、毎日病院へ来いというのは犯罪に等しいと思う。けれど連れは寂しいし顔が見たい、それに着替えもあるし…と理由をつけて来ようとしてくれる。気持ちは有難いが、二人とも倒れては何もならないので、「風邪が治るまで来るな」と言いつける。

俺の病気は俺の不摂生・利己主義から来たものであるかどうかは解らないが、過度の喫煙にしろ虫歯の放置にしろ、健康診断を全く受けてこなかったことにしろ、自分の健康を過信していたことは確かだ。結果、連れ合いや身内、友人などに心配と負担をかけている。ましてや今回は生き死にという大病だ、精神的な負担も大きいと思う。
タバコなど、癌告知を受けてからはスッパリやめられた。「よく我慢できるね」という人もいるが、自分の体を確実に悪い方向へ導いているものを、自ら摂取するおろかさに気づけばいいだけの話だ。要するにニコチン依存など理性でフタをすることが出来るということだ。自分の勝手だろ、ではない。自分を生み育ててくれた人たち、愛してくれた、今愛してくれている人たちに将来余計な心配や負担をかけることをちょっと「想像」すれば、「俺の体は俺のものだ、何をしようと俺の勝手だ」とは思えまい。
まさか自分がこのような病気と闘うことになって、考えさせられたことは多い。
古くからの友人たちが見舞いに来てくれ、もちろん冗談だろうが「退屈だろ、エロ本でも買ってきてやろうか」と軽口を叩く。それはもちろんどういう気持ちで言ってくれているのかはよく解っている、けれど今の自分には「おう、凄いの頼むよ」などと返す精神的余裕が、正直なところなかった。
今、何がしたいアレが食いたい見たいなどという欲望が一切ない、あるのは「生きたい」という欲求だけだということに気づいてしまったのだ。生きるためには食べねばならず、その手段としての食欲はある。けれど「生ものが食べられなくて可愛そうに」とか「こんないい天気に病院から出られないなんて」みたいな、普通の感覚での哀れみは一切不要なのだ。俺は生きたいから、生きるために病気と闘っている。そのために病院にいる。そのために出されたものを食っている。それ以上の欲望はない、唯一にして最大の欲求が「生きたい」ということなのだ。歯が無くなろうが髪が抜けようが、生きてさえいれば何とでもなる。
自分が死ぬということそのものよりも、自分を愛し自己の一部と考えてくれている人間を一人遺して逝かねばならぬことの方が、文字通り身を切られるかのごとくに耐え難いことだ。だから、死ねないのだし、生きたいのである。
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コメント

みんなありがとう

いやなんかお見舞いが重なって、来てくれた人たちにはかえって慌しかったようで申し訳ない。教え子も知人も友人も、元気な顔が見られてうれしいのはこちらも同じこと。こっちが病気じゃなきゃもっといいんだけど。

お菓子や花や果物など、たくさんもらっちゃって悪いなあ。食えるうちに食って体力をつけておくさ。(うなぎパイ持ってくるやつもいたな…>M)
ていうか今日も三食爆食して体重がここ一ヶ月で最高まで増えた…。

Unknown

今日は先生の元気そうな姿を見れてよかったです。
もう少しいたかったのですが、予定があったので話の途中で帰ることになってしまい、すいませんでした。
大変な治療になると思いますが、頑張ってください★☆
また先生のお話を聞きに会いに行きます!(^^)楽しみにしてます。

ダブってすいません

休みの間にも気になることが多く、夏明けに先生のご意見を聞いてみようと思っていることが山ほどあります。それと、授業自体もそうですが、休み時間中のいろんな話ができる時間がなくなるのが残念です。絶対に聞きにいきますので、その時はよろしくお願いします。

Unknown

実はコメントをすべきかどうか悩んでいました。こういう時になんと声をかければ良いのかわからなかったもので。

Unknown

実はコメントをすべきかどうか悩んでいました。こういう時になんと声をかければ良いのかわからなかったもので。

もう消灯だ…

皆さんいつもどうも。
今日は午後お見舞いラッシュでした。友人知人教え子たち、みんなどうもありがとう!
今んとこ元気でみんなと話をしたり笑ったりすることができて楽しかったっす。今んとこ、というかもちろん元気に退院した後もその予定だけど。

それにしても生徒諸君には申し訳ない…卒業まで尻を蹴飛ばすことができなくて済まない。ってその方が良かった?

そうですよ!

白取さんならきっと打ち勝てます。何を根拠にと言われれば、それは「白取さんだから」です。

抗癌剤と猫

三和の件、時期的にはほぼ重なるのですが、メーカーへいらっしゃらなかった、というのでは別人ですね。
残念です。

<抗癌剤>と<猫>という2つの文字から不謹慎かも知れませんが大島弓子先生の『グーグーだって猫である2』を思い出し、引っ張り出してきて読み直しました。このマンガの前半は抗癌剤治療というガンとの闘いとその間、猫たちへの愛情、思いが大島先生を勇気づける様子が描かれています。
猫とお連れ合いを一緒にしては怒られるでしょうが、やはり愛情が人を救うという点では同じでしょうし、まして白取先生の場合はその愛情がもっと切実でしょうから、大丈夫病気に打ち勝てますよ。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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