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2011-04-11(Mon)

選挙

4月11日(火)

統一地方選挙の前半戦の結果が出た。
「後出しじゃんけん」ではないが、ほぼ予想した通りの結果。といっても選挙のプロでも何でもないので、この国で普通に(本当に普通、程度に)政治に関心があれば誰でも予想できた範囲。
つまり
・民主党の惨敗
・東京都知事は石原慎太郎の圧勝
・若年層の投票率の低さ
・ネットとリアル世論の乖離
というあたり。この辺をつらつら考えてみた。当たり前だが、あくまで個人の私見。

このうち民主党の惨敗こそ誰でも予測し得たことで、当然の結果で、原因など考えるまでもない。
あの「政権交替」は、立て続けに起きた自民党トップの交代劇と停滞する景気・閉塞感から起きた地滑りのようなもの。マスコミも自民党総裁=内閣総理大臣の言動を逐一あげつらいワイドショーの肴レベルで扱っていて、国民が政治や政治家に対してある種の「軽さ」を感じるようになった結果でもあったと思う。
しかし何度かあった一瞬の隙間以外、長いこと政権与党であった自民党を引きずり下ろして政権を付託した民主党は、さらに「軽かった」。
解りやすい対立軸として官僚を悪者にした結果、官僚との対立構造を国民に丸見えにしてしまい、逆に政治主導と言いつつ素人集団ではないかと見抜かれた。典型は「ミスター年金」であったはずの我妻さんの無力さ加減だったり、極めつけは何より鳩山〜菅という、世論調査では「戦後最悪の宰相」ワンツーフィニッシュを飾るというお二人だったろう。

自分はただの一有権者で選挙にも政治にもド素人なので、しょせんは床屋政談なのだが、それにしても、当初から感じていたのは「軽さ」というよりは「重み」「深み」の無さと言った方がいいか。
親しみやすい、庶民目線、柔らかな物腰・モノ言いは確かにこれまでのいわゆる「政治家」というイメージの裏返しで、民主党の当初のイメージとしては悪いものではなかった。が、結局親しみやすさや庶民目線は素人的な印象を補強し、柔らかなモノ言いは慇懃、卑屈なものに映った。
この国ってノーブレス・オブリージュというよりは「お上」というものに平伏する民・百姓というものに慣れてきたせいか、政治家=人の上に立つ人という考えが強いような気がする(自分は違うし、若い人がどうか知らないが)。つまりへらへらと国民に丁寧語で「国民の皆様におかれましては」とか言われると頼りなく感じてしまうのじゃないか。
だから石原さんが勝った、というわけではないが。
でも、「人として」とか「政治家としての実績」がどうとかより、例えば「オレの言うことが間違ってるなら解散して信を問う」「選挙に勝ったんだからオレは正しい!」「だからついてこい!」だった小泉さんの人気が高かったのも、そういう国民感情があったはず。メディアもそれを増幅した。

石原さんが今回選挙の前後に発言したことは、普通なら選挙以前にそれで失脚してもいいくらいの「失言」のオンパレードではなかったか。
外国人差別(特にアジア人)の「三国人」発言だったり、性的マイノリティ(同性愛者)差別だったり、表現規制強化と「漫画家は卑しい」発言だったりと、枚挙に暇がない。この人は本当に、信じがたいほどの差別主義者だ。ちなみにご自身、若い頃に「老人差別」までご発言なさっている(75年、都知事選で美濃部さんに対して「前頭葉の退化した老人」)。
そして極めつけは(後に撤回・謝罪したとはいえ)この度の大震災を「国民が我欲を洗い流すための天罰だった」という発言。文脈から言いたいことは解る。が、もちろんここで言う理解は共感ではない。「被災者は本当にお気の毒だが」というようなことは付け加えていたし、この人なりにいつもの調子で国を憂いた上での発言だったという理解であり、当然ながら全くもって不謹慎だし、お得意の憂国なら他の喩えを使えばいいし、何よりあの段階でしていい発言じゃあない。
でも、有権者はそれらの「問題発言」を「問題」だとはとらえていなかったのだ。

NHKは開票速報開始と同時に石原当確を報じた。8時ジャストだった。
ネット上ではあまりの速さに驚きというより衝撃が走ったのを、ツイッターのTL(タイムライン)でリアルタイムで見た。驚いた。石原さんが当選する、それも圧勝するのは解っていたとはいえ、出口調査の段階であそこまで当確が早いとは思わなかった。
自分が何で石原圧勝を予想していたかというと、これも皆がそう思っていたように、若い人は選挙に行かないし、その石原さんの多選に反感が強く、変化を求めるであろう若年層のただでさえ少ない票・つまり「反石原票」が渡辺・東国原に割れるから、だった。
だから石原さんが勝つのは解っていたが、それにしてもあまりにあっさり、早すぎる結果だった。

NHKの出口調査やネット上のTOKYO-MXテレビの画像などから、世代別の投票率や投票先を見た。
有権者数は20〜30代が60代以上より多いのに、投票率は中高年に行くほど高かった。特に20代はもはや「不投票率」といった方が解りやすいが、3分の2近くがそもそも投票さえしていない。30代も半分だ。そしてやっぱり、その層は「石原以外」を選択した票が多い。
けれど40代になると石原さんが一位になり(それでもまだ反石原票の方が多い)、50代以上はもう石原さんが東国原+渡辺よりも多くなる。若い人が投票に行かず、中高年の石原支持は根強い。その上、「反石原」の行き先が割れてしまえば、石原当選以外に予想のしようがないと言っても良かった。
それと絡んでの話だが、ネット世論とリアル世論の乖離もあった。
ネットは当然ながら若い人の利用率が高い。中高年も利用はしているが、アクティブにあちこちの掲示板を見たりツイッターを日常的に利用したり、ニコ生やYoutubeをしょっちゅう閲覧している人はそう多くはない。
そのネット上では石原さんの評判はすこぶる悪かった。
先の「差別発言」の数々は言うまでもなく、漫画やアニメなどを小バカにするどころか卑しいと言い捨て、規制強化することへの反発も大きかった。何より78歳という年齢、多選批判もよく見た。また人柄…いつも不機嫌、上から目線だというような嫌悪感もあった。まあ、これらの反応は当然だと思う。
しかし結局ネット上のこうした「石原批判」は中高年層にはあまり知られず、リアル社会で「世論」を構成するのは中高年だった。最初から争点が噛み合っていなかったと言った方がいいか。
そこら辺のリアル社会で中高年層からよく聞いたのは(病院や買い物へ行くだけでも、実によく耳に入ってくる)、差別や表現規制の問題ではなく、景気や雇用や福祉という問題。東京の友人に聞いてもそれは同様だった。
震災後は、「天罰」発言もあったが、さらに石原さんはいまだ事故の渦中にあるというのに「自分は原発推進派だ」と言い切っている。これも、当然ながらネット上では激しい反発を招いた。この段階ではネット世論だけで言えば石原さんは「圏外」に消えたといってもいいほどだった。
だからといってネットが無力とか無意味というのではない。いや、俺自身ネットを始めたのは自分の年代ではかなり早い方だったと思う。年齢的にもう「中高年」側に入る自分がこれだけヘビーにネットを使っていて、もちろん今さら無力だの無意味だの幼稚なことを言う気はない。
月並みながら若い人たちが選挙に行かないことが問題で、これはずーっと以前から言われ続けて来たことだ。
「支配層にある中高年が既得権益を守るために、わざと若者が政治に関心を持たなくしているのだ、これは陰謀だ!」ということを言う人がいるが、同じことを20年前にも聞いたことがある。
日本の高度経済成長期はもちろんのこと、バブル景気でさえとうの昔に終わり、終身雇用は崩れ、退職金と年金で老後は安泰なんて時代も昔話。不景気はどん底まで落ち込んで核家族化が進み老老介護だ孤独死だという世の中で、中高年であるってだけの「既得権益」なんか、もうない。あるとすればすでに金持ちの人やキャリア公務員、全国にすさまじい数ある地方自治体の議員さんたちくらいだろうか。

自分はこれまで記憶にある限り、国政・地方問わずほぼ全ての投票機会で投票をしてきた。病院に入院中の投票も二度あった。だから偉いとか言うチンケな話ではなくて、若いうちはむしろ自分のような人間は少数派だった、という話。
選挙で世の中なんか変わるわけがない、という人が多かった。で、行かなきゃ当然変えられない。これも昔っから言われてきたこと。ただ行ったらどうこうではなく、投票には色々と面倒なこともつきまとう。休日を犠牲にするというレベルの話じゃなく、事前に候補者の主張に目を通し、自分の関心のある問題へのスタンスを確認したり、政策を吟味したり、その上で人柄も…となると大変だ。
昔はこれらを調べるといっても一苦労で、せいぜい区報や選挙前に新聞に掲載される情報くらいだった。マニフェストなんて言葉など聞いたこともない時代。それがネット時代になって、調べようと思えばかなりの部分が、家に居ながらにして出来るようになった。動画で語り口や表情も解る。もちろんリアルに演説などを聴けばもっといいのは当然ながら、とにかく、昔とはケタ違いに候補者を選ぶための情報は増えた。
その気になりさえすれば。
自分の関心ある政策を具体化してくれそうな人は誰か、自分の考えにもっとも近い人は…という当たり前のことを調べて、その上で投票に行く、今は本当に簡単だ。期日前投票も出来るし、投票自体は数分で終わる。
もちろん「世の中を変えたくない」という選択肢もあっていい。でも「結局世の中は変わらない、自分の一票なんてしょせん無力」と考える人が多ければ、その一票を束ねて組織で固めてくる勢力には絶対に勝てるわけがない…。
とはいえ、色々と単純な問題じゃないことは子供じゃないのでよく知っている。
組織票には無党派層で対抗というのは常道で、タレント候補が政策や政治家としての資質よりも知名度だけで「勝ってしまう」こともよくある話。ネットで投票できるようにしちゃったら、それこそポピュリズムに陥るという意見も根強い。
原発問題にしても、今はネットでも「反原発」か「原発推進」かの真っ二つに世論が別れたかのような乱暴な意見が見られたりする。ネット上でよくある二択の世論調査じゃないんだし、「脱原発」もあっていいし、それらの間には実にたくさんの選択肢、またアイディアもあるだろうし、対立を煽るだけの言説はあまり前向きとは思えない。実際リアル社会では「ただちに原発を止めろ!」に対し「今そんなことしたら本当に日本が終わっちゃうよ」という意見も多い(現実にそうかどうかはまた別)。
理想を掲げることはとても大切なことで、絶対に必要なことだと思う。そしてそれを現実化させるプロセスを真剣に考えることも、同じくらい大切なことだろう。

とにかく、ネットとリアル、若年層と中高年層、原発推進と反対…とどうも二元論による対立軸を作らないといけないみたいな話はいただけない。日本人と外国人、男と女、異常と正常、有害と無害とか。とまあ、病人なりに色々考えた選挙だった。

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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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