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2011-04-20(Wed)

シマの異常

4月20日(水)

ここ二、三日シマ(13歳、♂)の様子がちょっとおかしい。といっても連れ合いの三津子が亡くなってから一年ほど、つまり去年くらいからぐっと老けこんできた延長と言えなくもない。
元もとシマはユキ(6歳、♀)が嫌いなので、大声でにゃあにゃあ鳴くユキの傍に居るのは嫌らしく、二階へ引っ込むことが多かった。このところ、特に地震後はなぜか解らないがユキが前よりも四六時中俺にべったりくっつくようになり、ちょっと前まではそれでもシマは、ユキが甘え声を出して俺にすりよって来たりすると、声を聞きつけて二階からどんどんどん! と降りて来ては間に割って入ったり、自分も撫でろと主張してきたのだが、それがここ数日はない。
というか、ほとんど二階から降りてこないのだ。もちろん時々降りては来るが、頻度としてはずいぶん減った。俺とユキが下に居る時はほとんど上にいて、寝る時にはユキもくっついてくるので、俺のベッドから傍の椅子に移る。ユキよりシマを抱いて寝ようとするのだが、シマはしばらくゴロゴロ言うと出てってしまう。
朝はユキは俺のベッドの上に必ずいて、シマは傍の椅子の上か、下の三津子の仕事机の椅子の上にいる。
猫は死期が近いと人を遠ざけるようになるというが、まだそこまで切迫した感じではないものの、嫌な感じだ。
昨日今日は、朝ご飯を用意しても出て来ない。数日前までは呼べば「ひゃっ!」「はっ!」といつものようにすりすりして足元で尻尾を立てて催促をしていたので、どうも不安だ。
今日は結局一度か二度しか降りて来ていない。水が飲めなくなったら終わりなので、小皿に水を入れて二階へ行くと、俺のベッドの上に寝ていたシマは、その体勢のまま鼻先へ持って行った皿からちゃんと水を飲んだ。水が飲めるうちはまだ大丈夫、しかし飲めなくなったら一週間で猫は死ぬ。これはもう経験で知っている。
そう思って一旦降りて来たが、やはりエサを食べていない。カリカリは固くて歯が痛いかと思い、ソフトエサもちゃんと用意してあるし、好きなおかかもかけてあるのに見向きもしない。

今朝は9時頃、一階仕事部屋の連れ合い…三津子が使っていた椅子の上にいたのでご飯を用意して呼ぶが、来なかった。何をしてるのかと思って見に行くと、トイレに入っていた。トイレもちゃんと掃除をして、ご飯だと再度呼ぶが、結局二階へ上がってしまった。
2時頃になってようやく二階から降りて来たので、呼ぶとちゃんとソファに横になっている俺のところへ来て、腋にグッとよりかかってしばらく甘えた。それはいいが、いつもゴロゴロ言うのに何も言わなかった。
数分するとすぐ水場へ行き、そっと見て見ると、水の器の前で香箱をつくってじっとしている。これも死期が迫った猫たちが必ずとった行動だ。ただし、数分じっとしたあと、思い出したようにちょっと水を飲んだ。カリカリは結局食べず、すぐ二階へまた上がって行ってしまった。

猫の「最後」はだいたい、こういう感じで始まる。
若いうちの治せる病気ならともかく、老齢になりこうした状態になった場合、正直、病院へ連れて行ってもムダなことが多い。猫に孤独で嫌な思いをさせ、ストレスを与えるだけだ。俺たち夫婦は団地に居た頃のジローという猫を病院で誰もいないケージの中、吐血して死んだと聞いてから、家族に最後、そんな思いをさせたくないので、痛みや苦しみがなければ、猫の最後は自分たちの家で、家族で看取ろう、ということにした。

シマはどこか痛い風情でもなく、ただ元気がない。無気力というか、生気の無さ。本当につい数日前まで普通にしていたのだが…。
猫の最後は本当に唐突だ。急病でアッという間に逝くこともあれば、長患いする場合もあるが、10歳を超えて高齢になってきた場合は、そこから先は個体差もあり、いつ「寿命」が尽きるのかは本当に解らない。
とはいえシマがこのまま死んでしまうとは思いたくない。「まだ13歳」だ。

次にシマが降りて来たのは何と夜の7時だった。
その間に、小皿に叩いて少し細かくしたカリカリと、水を置いておいた。階段を降りてくる足音もちょっと前の軽快かつ体重を感じるものではなく、カチャ、カチャコン、カチャ…というぎこちないもの。忍び足の猫なのに爪の音がするというのは、爪を出し入れするという制御が効いていない証拠だ。階段を降りるので精一杯なのだろう。
降りて来て冷蔵庫のあたりで立ち止まったので「シマ!」と声をかけてやるが、ちょっと前なら「ひゃっ!」と返事をしてこちらの出す手にグイと額をすりつけてきたのに、じーっと人の目を見たまま立ち止まり、それから水の皿の前で飲むでもなくじっとうずくまっている。何かが切れた感じ。
ただ、数分経ってようやくペチャペチャと少し水を飲んだ。その後はこちらへ来るでもなく、ぼーっとした…心ここに有らずという感じでエサ場の前で香箱をつくってこちらを向いている。あんな中途半端な場所に落ち着いたことはほとんどない。
たまらずそっと抱き上げて、テーブル脇のカーペットの上に置いてなでてやると、そのままそこでしばらく落ち着いていた。声をかけ撫でると眼を細め尻尾を軽く振るが、いつものようにすりすりとこちらの指や手に甘えてくることはせず、喉も鳴らさない。それでもちょっと落ち着いているので、しばらく傍で見守っている。
「三津子、シマ治してやってよ」「シマ、一緒に死のうって言っただろ、まだもうちょっと早いよ」と話しかける。
8時近くになって、シマが立ち上がったので水かと思ったが、階段の手前でじっとしている。上るのが辛いのかと思い、抱き上げて二階へ連れて行き、ベッドの上に下ろしてやる。撫でてやると、今日はじめてゴロゴロと喉を鳴らした。
うん、まだ、大丈夫だ。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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