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2011-04-22(Fri)

動物病院へ

4月22日(金)

曇天。気象庁のサイトでは8時現在で12℃とあるが、ここらはもう少し低く、小寒い感じがする。
シマは、ゆうべ寝る前にはしばらく枕元でじっとしていたので、そのまま一緒に寝るかと思っていたら、しばらくしてユキが階下で鳴き出したと思ったら、ガシャンと何かを落とした音。慌てて降りて行くと、プリンタ台の上に置いたペン入れとスプレーが下に落ちていた。何しろ耳が聞こえないので、「こら!」という手を上にあげるポーズをすると、フッ飛んで逃げる。
やれやれと電気を消して再び寝室へ上がるとユキもしばらくして付いてきて、シマはユキが来たのと入れ違いに下へ降りていった。
体調の悪い時にぎゃあぎゃあとうるさい他人の声はそうとうに苦痛だ。自分も病身だし、入退院も繰り返しているのでよく解る。「そっとしておいて欲しい」という感じだった。
ユキは呑気なもので、人の布団の上で毛繕いをし、そのうち丸くなってしまった。
こちらもそのうち寝てしまうが、夜中にユキは布団に入ってきて、朝8時に起きるまでずっと布団の中で寝ていた。こちらはそのせいで朝方から薄い眠り。

起きてすぐ階下に降り、仕事部屋を見に行くと、シマはやはり椅子の上に蹲っていた。昨日より状態は良さそうだったが、相変わらず何か食べた形跡もなく、おそらく夕べここへ移ってからほとんど動いていないという風情だ。
病院は9時半からなので、とりあえず「よしよし」と撫でてやり、三津子の写真に「助けてやって」と手を合わせた。

外出準備を整えてから、9時半ちょうどに動物病院へ電話すると、女性が出て簡単に症状を聞かれ、今から連れてくるように言われる。夕べのうちに用意しておいた猫用のバッグにリードを繋ぎ、首輪をシマの首に通す。内弁慶で外が大嫌いなシマは、元気な頃だとこのバッグを見ただけで「外だ」と解って遁走したものだが、黙って抱き上げられ、大人しくバッグに収まった。数日食べてない割に腹が丸く、背骨のあたりはごつごつしている。これは完全に腹水だ。まずい。
動物病院は、京都に越してから連れ合いと散歩していて見つけた、歩いても10分ちょっとのところ。自転車で行こうと思ったが今日の予報は午後から雨。しかたなくタクシーを拾おうと、道路を渡ろうとした時、はじめてシマが「にゃおう!」と一声だけ鳴いた。「どこへ行くの!?」という声だった。不安なのだろう。
タクシーはすぐにつかまり、運ちゃんもチラっとシマを見て「猫ちゃん、どっかお悪いんですか?」というのでコレコレ、と話してるうちにすぐ病院へ着いてしまった。「元気になるといいですなあ」と言ってくれたのでお礼を言い、病院へ。

「予約は要らないからすぐ連れてきて」というので空いてるのかと思ったら、すでに3人くらい、子犬か猫を連れた人が待っている。「さっき電話した者ですが…」と言うと受付が問診票を渡してくれたので、それに細かく症状、病歴などを書いて行く。途中看護婦さんが来て詳しく聞いてくれたので、訂正したり補足したり。
結局連れて行ってから診察室に呼ばれたのは30分以上経ってからだった。何しろこちらも病人なので、正直しんどい。シマはその間終始大人しかったが、バッグから時おり首だけを出して、びくびくしたようにあたりを見たり、ひっきりなしに誰かが出入りしたり、声を挙げるたびに怯えているようだった。

診察室で、まず体重を測る。5.4kg。元気な頃とあまり変わっていないというか、若干重い。ここ数日食べていない事を考えるとおかしい。次に看護婦さん二人がかりで検温。一人が顔を押さえて「大丈夫だよー」と声をかけてなでつつ、もう一人が肛門へ体温計を挿入。39度2分だったか、これも若干高い。
それから医師が来て、三日ほどご飯を食べていないこと、水だけは自力で何とか飲んでること、その他は一日じゅうぐったりして寝ていること、歩く時はふらふらしている、普通にしていたのにこうした状態になったのはここ四、五日と急だったことなどを伝える。
先生はまず猫が三日食べないということは、大変危険な状態だと言う。人間なら一週間絶食しているようなもので、水だけという状態だとあまり持たない、と。ちょっと首や背中をつまんで「ああ、脱水起こしてるなあ…口もからからだ」と言って、腹まわりを触診し、「腹水が溜まってるようですね」とのこと。
「まず採血をして、その結果を見てもう一回ご相談しましょう」と言われてすぐ採血。
また看護婦さんがシマを後ろから抱くように首を持ち上げ、もう一人が顎の下から採血するため、念入りにアルコール綿で毛を分けつつ皮膚を消毒しようとするが、何しろ毛がみっしりしていて、なかなか地肌が露出しないという。ようやく針を刺せる状態になったが、一度目はビクッとして体を引いてしまい、失敗。二度目は途中ちょっとだけ動こうとしたが、後は観念したのか大人しく血を抜かれていた。鳴くでもなく暴れもせず、「偉いねえ」と褒められていたが、シマはとにかく外に出ると恐ろしく臆病になるし、暴れてもムダと観念しているのだろう。それとも暴れる体力もないのか、そう思いたくはないが。
いったん再びバッグにシマを入れ、採血の結果が出るまで待合室で待つよう言われる。その間にもひっきりなしに患者というか犬猫を連れた飼い主が来院し、いつの間にか待合室は7〜8組で一杯だ。シマは目をまん丸にしてキョロキョロと見たり、大きい音がする度にビクッとして中に首をすぼめたり。ただ、いつものように俺が鼻面に人差し指を差し出すと、クイクイと右、左と鼻の横を擦りつけて甘える。ここ数日なかった反応なので、ちょっと安心。
40分くらい待って、採血の結果が出たというので再び診察室へ。先生が数値の紙を持ってきて説明してくれるので、こちらは思い出して「マスクしたままですいません、実は…」と白血病で免疫が低下していることを告げる。先生は一瞬絶句したようだが「そうですか…それは大変ですね」と言われ、それから説明をしていただく。

シマの白血球数は31000と高い(正常値の上限は15000程度)のが気になるが、その他はとりたてて大きな異常というほどの数値はない。こちらも自分の採血で見慣れた項目が並んでいるのでじっと説明を聞いていた。
何も食べていない割に血糖値が186と高いが、先生によるとストレスでハネ上がることもあるし、病院へ来て針を刺されたというだけでじゅうぶんストレスですから、とのこと。BUNも正常値上限36のところ39だしクレアチニン値は正常。ナトリウムもクロールもひどい脱水という数値ではなくむしろ正常値。赤血球系も肝臓系も異常なし。
ということは白血球数だけが明らかに異常値ということになる。細菌感染や炎症も考えられるが、いずれにしてもエコーやレントゲンなど精密検査を、特にお腹の方を調べてみないと…ということになる。
それらは午前の診療が終わって夕方の診療時間が始まる5時の間に行うので、いったん預かりということにして、夕方こちらからお電話を下さい、とのこと。「費用はちょっとかかっちゃいますが…」と言われるが、とにかくまずは検査して、原因を特定し、それから治してもらわなきゃしょうがない。「お願いします」と言って預けることにした。
暴れると困るので、とまた看護婦さんが二人がかりで手足の爪を切る。シマは暴れるどころか全くなされるがままで、従順だった。それから「念のため」と大きめのネットで包み、俺が抱くように言われ、上の階の「入院部屋」へ連れて行った。ケージのようなものが4列×3段くらいに並んでいて、犬と猫はちゃんと別の部屋になっていた。猫の方には茶虎の先客が一匹と、他にも居るようだったが、全体に静かだった。シマは大人しく中に入り、じっとしているので、「後で迎えにくるからな」と声をかける。
受付で「万が一の場合は手術その他、医師に任せる」という承諾書にサインをして、いったん病院を出たら11時半近く。いったんコンビニで現金をおろし、朝から何も食べてなかったので、病院からすぐの「明青」さんへ行く。

まだお昼の看板を外に出す前だったが、おかあさんが「どうぞどうぞ」と入れてくれた。前に持って来たパソコンの件で来たと思われたので、実は、と猫の話をする。
このご夫婦には二度の長期入院のたびに猫たちのお世話をお願いしてしまったので、旦那さんも「どっちの猫ちゃんですか?」というのでシマの方です、と話す。
とりあえずそんな感じなので今日はご飯だけ食べに来ました、と言って座り、今行って来た動物病院の話などを聞いたりしていると、別のお客さんも来たので、とりあえずお昼を待って、頂く。

いつものように絶妙の炊きたてご飯、ダシのきいた何というか「うまい」としか形容できないうまさの味噌汁。上品な小鉢類。まぐろのお造り。そして揚げたての天ぷら。
久々に幸福な気持ちになり、パソコンの件はまた改めて、ということで、食事だけして出た。おかあさんも「猫ちゃん心配やねえ」と言ってくれるが、笑顔で「じゃあねえ!」と手を振ってくれたのを見て、何となく気持ちが楽になった。

外へ出ると雨。
道路を渡ってバス停へ行くと買い物している時間はなさそうだったので、生協で買い物をして、系統の違うバスで近くの交差点まで戻ってくる。そこからは雨にちょっと濡れたが、帰宅12時半。
夕方5時、病院へ電話。
検査は一通り終わったので迎えに来るようにとのこと。小雨の中、バスで向かう。
朝とは違いこちらが一番で、すぐに診察室へ通された。先生が来て、レントゲンとエコーなどを見せてくれ、所見を聞く。

念のため腹部と胸部両方レントゲンを撮った、昼の採血結果から白血球の異常値の他は重大な内臓疾患は無さそうで、レントゲンでも腹水が溜まっていて見え辛いが、エコーとあわせて見る限り、心臓や腎臓にも異常はないようす。ただ、脾臓につながって見える影があり、ひょっとするとそれが腫瘍の可能性もある。また別の可能性としてウィルスによる腹膜炎の可能性もある、と。
いずれにしても腹水を10ccほど抜いたので、それを検査に出してもいいかというので、もちろん承諾する。抜いた腹水を見せていただいたが、綺麗なもので(手術後の俺の胸水よりもはるかに)、出血なども見られないという。
とにかく脱水があったので、まず背中から点滴を入れ、念のため抗生剤も加えたということ。それからペースト状のエサを鼻の下に少し塗って与えたところ、それはちょっとだけ舐めたという。

腹水を抜き、点滴を打つ、これは対処療法ゆえ原因が解らないと根本治療が出来ない。なので検査は必須だ。
検査結果が出るまで数日かかるのと、土日を挟むので、明日もまた点滴に連れてきた方がいいということ。あと、舐めたペースト状のエサも一つ持っていって、出来れば食べさせた方がいいということ。とにかくこれ以上今はどうしようもない。
一通り説明を受け、看護婦さんにシマを連れてきてもらう。シマは来た時と同様、目をまん丸にしてキョロキョロしていたが、「シマ! 帰ろう」と声をかけるとこちらを見上げた。心なしか、ちょっとホッとしたように見えた。
お礼を言って診察室を出て、会計の時にエサと説明も受け取るが、看護婦さんが気の毒そうに「高額になってしまってますが…」と言う。
確かに高額だった。びっくりするほど。でも仕方ない。大切な家族が病気だというのにほったらかしておくわけにはいかない。しかし痛いものは痛い、そう思いつつ支払いをし、タクシーを呼んでくれるというのでお願いして、しばらく待つ。
シマはビクビクしていたが、どこかが痛いとかしんどいという様子ではなく、とにかく家の外に居ることがストレスだというのがよく解る。
タクシーは時間がかかるという返事だったので、じゃあ流しをつかまえます、と言って病院を出た。

いったん上がった雨はちょっと小雨がパラついていたが、ちょっと前ほど寒くないのが救い。シマに「帰るよ」「よしよし」と声をかけ撫でつつ信号を渡り、数分ですぐ空車が来たので乗り込む。
運ちゃんは猫を見て「病気ですか」というのでコレコレで、と説明すると「13じゃまだ全然若いですわ、私は40近く生きたちゅうの聞いたことありますよ」と言うので驚く。35、6年というのは聞いたことがあるが、それは本当だとしたら凄い。
この運ちゃんも15年可愛がっていた犬が子宮に膿が溜まる病気になったとかで二度手術し、二度目は二週間で死んだ、家族やから辛かったですわ、と話していた。
タクシーはすぐに家の前に着き、エレベータホールへ向かうと、シマの挙動が明らかに変わった。キョロキョロと首を伸ばして「帰ってきた」というのを確認するようにしている。「うちだぞ」と声をかけて6階へ上がり、バッグから出してリードを外してやる。
着替えてすぐ、夜に落ち着いていた椅子の上にタオルを敷いて置いてやるが、すぐに降りてしまう。どこへ行くかと思ったら、トイレに入って小を出した。
それから水の皿の前へ行き、しばらくじっとしていたが、そのうちぺちゃぺちゃと少し飲んだので一安心。とにかく自力で水が飲めるうちは絶対に死なない。それから戻ってきてこちらをじっと見るので、呼ぶとヨタヨタと歩いてこちらへ来て、手を出すと以前ほど力強くはないが、額を軽く押しつけて甘えてきた。それからまたトイレへ行き、また水を少し飲み、その間ユキが病院の匂いがするらしく追っかけ廻すのを諫めつつ見ていたが、最後にこちらの足元に蹲った。
腹水を抜くので腹の毛を刈られていて、小寒いのかも知れない。何より心細かったのだろう、こちらの足先に脇腹を重ねるようにしている。

その後、シマを預けて帰る時に買ってきたまめご飯をあたためて食べた。シマはこちらがそっと立つたび、目で追うように顔を上げ、戻ってあぐらをかくと、そこに体重を預けて丸くなっている。安心したのか、ずっと開き気味だった瞳孔が落ち着き、ごろごろと喉を鳴らしさえしないものの、以前のようにくっついて甘えている。

腹水の原因が何なのか検査結果が心配だが、脾臓付近に見られる「影」がもし腫瘍で、癌性のものという最悪の結果が恐ろしい。もしそうなら手術で摘出ということになるが、高齢の猫の場合は手術そのものが負担になり、苦痛になり、その中で衰弱して死に至ることも多い。それは東京時代、連れ合いの猫友達・Mさんの凄まじい数の「猫保護歴」の実例でたくさん知っている。
また猫伝染性腹膜炎(FIP)というのもある。先生の言うように3歳くらいまでの若い猫にもっとも多いが、次のピークが9歳などの老境に入った頃だという。
調べて見ると、若いうちに野良だった猫はその後ずっと家猫で暮らしても、可能性があるらしい。要するに免疫が落ちてきたところでウィルスが暴れるという経験は、他ならぬ飼い主の自分が嫌というほど体験したことだ。
素人判断は禁物、とりあえずはシマを安心させ、生あるうちは精いっぱい可愛がり、これまで通り愛してやる。
シマは夜までずっと足もとから離れない。夜11時になってもじっと俺の足元で時おり体勢をゆっくり変えながらも動かないので、鼻先に小皿でぬるま湯を持っていくと、ちょっと舐めて飲んだ。「いいぞ、頑張れよ」と声が出る。

こいつがまだ子猫で、外を「相棒」だった白猫と駆け回っていた頃、俺たち夫婦と、長女のももちゃんと3人でよくエサをあげていた。とても可愛い猫だったので、家に入れたいという欲求を抑えるのに、それぞれが必死だった。当時は団地に二匹、仕事場兼住居に借りたマンションに一匹飼っていたので、それ以上増やすのは絶対に無理だと思っていた。
隣家との間にある細い隙間のブロック塀の上を、仲良しだった金目銀目の白猫と「てててて」と駆け足で走るのを、よく上から夫婦で「あ、またシマがいる」「白の方は自転車置き場の屋根の上でひなたぼっこしてる」と見ていた。アメショーの雑種で縞模様、なので「シマ」と呼んでいた。
マンションは3階だったが、そのうち夜の一定時間になると、ドアの前まで上がってきて鳴くようになった。「ニャア」という猫らしい声ではなく「ひゃっ!」「はっ!」という声でしか鳴けない猫だったが、俺たちは「そろそろ来る頃だね」と、いつもそのあたりの時間になると外に耳を澄ませたものだ。
シマは毎晩、そうやってドアの前に来てはカリカリをおいしそうに食べ、すりすりと甘えていくようになった。ただ、俺たちは決して部屋には入れなかった。嫉妬深い先輩猫のマルがいたし、大家さんに「一匹だけ」と無理を言って借りた部屋だったから。
ところがある晩、猫嫌い…というより性格と酒癖の悪い隣の部屋の親父が、こちらがシマに「ばいばい」と言ってドアを閉めたのを見計らっていたらしく、入れ違いに何か怒号と共にシマを捕まえたらしい気配がした。普段から猫を見ると威圧したり、銅鑼声で追い立てるような粗暴な人間だった。
俺たち夫婦は外の気配に顔を見合わせたあと、慌てて外に出たが、隣の親爺はすでにマンションの階段を降りて行った様子。真冬だったので、俺も上着を取ってすぐに後を追っかけて行こうとしたが、連れ合いが「あの親父おかしいから、ケンカになる。やめて」と必死で止めたので、思いとどまった。何しろこちらも当時はケンカっぱやかった。確かにそのまま衝突すれば絶対に口論では済まず、殴り合いになっていたと思う。
その日から、シマはやって来なくなった。
俺たちはガックリして、毎晩、ドアの外から声がしないかと耳をそばだてたり、ドアをそっと開けてみたりした。
数日〜一週間くらい経って、夜に「ひゃっ!」と小さな声が聞こえたような気がした。連れがすぐに「シマだ!」と言って外に出た。俺も続いた。ドアを開けると、シマが居た。
連れはすぐに抱き上げると、何のためらいもなくドアの中に入れた。もちろん俺も反対などするはずもなく、「よく無事だったね」「ひどいことされなかったか」と代わる代わる抱きしめたり、撫でさすったりした。シマはどこか遠くへ捨てられたらしく、いつもより汚れていて、毛も砂か土でドロドロだった。すぐに風呂でシャワーをあてて洗うと、お湯が茶色くなったほどだった。ノミもいた。
それから翌日獣医へ連れて行き、ワクチンをうってもらい、避妊手術もしないと…と預けたら、獣医さんから「あの子男の子でしたよ、しかも去勢済みです」と電話があった。俺たちはあまりに美猫だったので、勝手にメスだと思い込んでいたのも、後で笑い話になった。もっと後になって、近隣の「血統書付き」の猫を飼っていた屋敷の子が野良と交配して出来た子は不要ということで半野良状態で「捨てた」らしいことが解った。去勢したのはせめてもの罪ほろぼしのつもりだったらしい。
そんなこんなでシマは1998年の冬から、家族になった。あれから13年。その間に、団地に居たそう太もマイケルも、マンションで先輩だったマルも、そして連れ合いも逝ってしまった。
俺自身も病気になったから、今いるシマとユキで猫と暮らすのは最後になると思う。お互い一緒にいられる時間はもう長くない。出来るだけのことをしてやろう。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
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