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2011-04-27(Wed)

久しぶりに痛飲

4月27日(水)

夕べは1時ころ寝た。
早朝5時、傍らのベッドを見るとシマが居ない。飛び起きてつづらの中、ベッドの下を見てもいない。あの状態でまさか、階段を降りたのか。
一階へ降りてみると、仕事部屋の椅子の手前で蹲っていた。椅子には上がれなかったらしい。それと強烈な尿の匂い。トイレのシートは汚れておらず、中にはユキの立派な大があるだけだった。
どこでやったか…とリビングに戻ると、テーブルの脇、ケーブル類を数本束ねたところに「水溜まり」があった。
あれだけ衰弱した体で階段の段差を降り、それでもトイレで排尿しようとしたか。あと2〜3mというところだったが、限界だったのだろう、体力を使い切って座り小便をしてしまったらしい。
ケーブル類は一本一本洗剤を吹き掛けて拭い、床は拭き、シマの下半身はお湯で温めたタオルで拭いてやった。まる一日以上歩いてなかったし体力も落ちている、腹水と輸液で体は相当重かっただろう。心臓も限界だったと思う。
「よく頑張ったな、偉い偉い」と言いつつ下半身を拭き、撫でてやる。そういえば東京に居た頃に17歳で大往生したそう太も、最後は半分いざりながら、トイレへ入っていったな、と思い出す。
これだけ生きようと頑張っているんだから、やはり病院へ連れて行こうか。正直、もう動けないと思っていた。別にベッドの上で漏らしても叱ったりするわけもない。それでも階段を降りて、トイレまで行ったと思うと、最後に一縷の望みに賭けよう…という気持ちになった。

11時過ぎ、病院に電話して容態を伝え、腹水を抜いて貰うようお願いする。
すぐ連れて行けば空いている診察室へ通してくれるというので、支度をしてシマをバッグに入れる。やはりズシリと重い。バッグに入れるとそのままスッと大人しく蹲った。
「今日だけ我慢してな、腹が楽になって水が飲めるようになって、ご飯がちょっとずつでも食えるようになるかも知れんからな」と言い聞かせる。ほんのごく僅かな可能性だと知ってはいるが、出来ることはもうそれしかない。

外に出ると陽射しが強く、暖かいというより長袖だと暑いくらいの陽気。タクシーを数分待って乗り込み、病院へ。
診察室は2つ埋まっていたが、数分で1つ空いてすぐ入れていただいた。
体重5.75kg。体温38.6℃。
すぐに先生が来てくれたので、昨日こちらの腹痛などで来られなかったということと、容態・経過を説明する。

昨日は水を口に含ませようとしても、かたくなに嫌がった。
無理に入れると、苦しそうに戻そうとした(嘔吐は無かった)。
もう動く体力もないようだと思っていたが、夜中に自力で階段を降りてトイレへ行こうとして、途中で力尽きて漏らした。
…この状態ではもう長くないことは承知している。
なので最後に腹水を抜いてもらい、それによって圧迫感が取れ、多少でも水や食べ物を摂ってくれれば…という最後の望みで来たということ。
それでダメなら、あとは家で最後まで見守ってやりたい、ということも、お伝えする…。

先生は「すみませんね、全部任せていただいたのに何も出来なくて」と言って下さるが、FIP末期なら助かる治療法はないことも知っている。水を受け付けなくなった猫は絶対に助からない。
俺は「いえ、こちらも何匹か亡くしてますので、よく解っていますし、あとはせめて痛くないようにやってください」とお願いした。
「お迎えは何時頃来られますか」と聞かれるので、「5時から6時までには引き取りたいんですが」と話す。別件で手術が入っているらしいが、それならこちらを先にしましょう、と言っていただいた。
今日は6時に東京から来ている友人と会う約束がある。その約束をした頃は、シマは普通にエサを食べ水を飲み、そして甘えていた。こんなことになるとは考えなかったし、その気配すら微塵も無かった。
シマに「ちょっとの間辛抱してな、夕方すぐ迎えに来るから」と言って撫でてやり、あとは先生と看護婦さんにお願いして病院を出る。

外に出ると先ほどの天気が嘘のように雲がかかってきて、予報通りならこの後夕方はけっこうな雨になるらしい。
バス停で時間を確認し、生協で買い物をしてから帰宅。

その後、友人・Bunさん(もちろんハンドル名)から「迷ってます」と電話。すぐ近くの交差点だというので、誘導。外は雨。
数分後無事拙宅に到着後、なぜ迷ったかiPhoneを見せてもらって納得。グーグル先生に住所を入力して表示されたという地図画面を見せてもらったら、何故か全然違うところが表示されていた。

やまだに純米吟醸をいただき、線香をあげてもらう。
それから少し部屋で話し、6時ころタクシーで高木町の明青さんへ向かう。夜に伺うのは本当に久しぶりだ。もうカウンタでめそめそすることは無い自信はあるが、元来一人で外で飲むということが無かったので、落ち着かないのだ。そういえば、若い頃からずっと、夫婦で飲んでいた。

カウンタで生ビールで乾杯。おいしい酒と料理、明青のご夫婦とも楽しい時間を過ごさせていただいた。シマの容態が思わしくなく、このところ陰鬱な気持ちだったが、しばし忘れて痛飲。
夜10時半過ぎまで飲んで、二人でマンションへ帰宅。少し休憩した後、11時ころにホテルへ戻るBunさんのタクシーをマンション前で見送った。
ちょっと飲み過ぎて、シマの様子を見てから早々に就寝。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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