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2011-05-01(Sun)

別れるまでの時間

5月1日(日)

今日から5月、もう5月。
シマは相変わらずだが、ちょっとずつ確実に、静かに衰弱している。夕べもソファにタオルを敷いて、シマが見えるところで休んだ。

朝は6時前に目が醒めたが、トーストと昨日作ったミネストローネを食べて、また横になった。
シマはつづらにじっとしているだけで、時おり姿勢を変える以外は動かず。
それにしても、いまだ尿だけはちゃんとトイレ=というよりトイレの箱に上がる段差がしんどいらしく手前に敷いてある尿取りシート=までふらふらと歩いて行き、お婆ちゃん座りのようにへたりこんでする。
下半身がびちゃびちゃになるのでその都度拭いてやっても、やはり凄い臭いだ。
今朝も6時に起きてその後9時頃までウトウトしている間に尿をしたらしい。正直歩けること自体が不思議とも言える状態なのに、たいした奴だと思う。

午後、住宅洗剤などこまごました買い物があるので、雨の合間を見て自転車で近所のスーパーまで出かけた。
曇天で時々雨が落ちるという陰鬱な天気だが、外気はかなり暖かい。メモしていった買い物を済ませて、まっすぐ帰宅。
着替えて落ち着くと、シマがよろよろと出て来て、トイレの前にへたりこんだ。敷いてあるシートにじわりと黄色い染みが出来ていく。
猫は元来自分の体が濡れたり、ましてや尿でじっとりすることなどあり得ないほど嫌うのだが、もうそんなこと構っちゃいられないのだろう。
すぐ腰を上げてやり、綺麗なシートへいったん移動させ、濡れたシートを替えて下半身を拭いてやった。シマはそのまましばらく綺麗なシートの上にじっとしていたが、しばらくするとよろよろとまたつづらに自力で戻って行った。
それからはただ、じっとつづらの中でゆっくりと息をしているだけである。時おりふらっと立ち上がり、姿勢を変える。夜になるにつれその頻度も減り、つづらの縁に額をつけてただ呼吸をしているだけになった。

夕方、実家の母親から電話があった。
シマのことかと思ったら病気の息子を心配するいつもの調子。自分は何でもない、それよりシマがこういう状態だと話すと、母親は最近実家で看取った猫の話を始める。もう何十回聞かされたか知れない。
あんなに元気だったのに、突然おかしくなった。ふらふらで糞尿を垂れ流し、後をついていっては掃除が大変だった。最後はオムツをさせた、今でも思い出すと涙が出る…。
歌の『秋桜』ではないが、「何度も同じ話繰り返す母」というフレーズが浮かぶ。自分も人の事を言えない、年を取るとだいたい話がくどくなるし同じ話をリフレインするようになる。

夜はシマを気にしながら酒を飲んだ。
もう長くないと判っているから、色々と思い出すことも多い。
連れ合いと一緒に団地の近くに「仕事場」を借りた。団地ではすでにそう太とマイちゃんという2匹の猫を飼っていたのに、野良猫を保護している知り合いの「猫おばさん」Mさんから、連れ合いが新たにもう1匹貰ってきてしまった。「目が合ったら胸に飛び込んできたの、もうしょうがないじゃない」と申し訳なさそうに、でも嬉しそうに言っていた。その子猫・マルは、仕事場で飼うことにした。
その後、仕事場で保護することになったのがシマだ。
翌年は次女のゆうちゃんが独立することもあって、団地と仕事場を統合し、長女のももちゃんと3人に猫が4匹という暮らしになった。
団地時代からの老猫・そう太とマイちゃんが相次いで逝き、その間にももちゃんは結婚して家を出た。
夫婦2人に猫2匹、「これくらいがちょうどいいかもねえ」と話した。
それからマルが逝った。嫉妬深い猫で、後から来た若いシマを異常なまでに敵視していた。突然具合が悪くなり、最後は連れの腕の中で逝った。
とうとう猫がシマだけになった。シマの方はマルが死んで寂しいらしく、しょぼくれた日が続いていた。
連れ合いはマルが死んだことに加え、シマの元気の無さに耐えきれず、またもや「猫おばさん」Mさんに言われて猫を見に行った。
「見に行っちゃったら仕方ないよね」と、これまた確信犯的なことを言いつつ、貰ってきたのが、耳の聞こえない、兄弟が多く鍵尻尾の真っ白い猫…ユキだった。
シマを元気づけようという方便で引き取ったユキに、当のシマは激しく嫉妬し、無邪気に甘えにいったユキを流血するまでに叩きのめした。それからずっと、今に至るまでシマとユキはずっと仲良くなることはなかった。
その間に京都に引っ越しもした。
若かったシマもおっさんになり、みっしりと太っていた体はたるんで、歩くと下がった腹の皮が左右にぽよんぽよんと揺れるようになった。
ユキは耳が聞こえないから、空気も読まずに静寂を切り裂く大音声で鳴く。人間は解っているから「はいはい」と対応するが、シマは溜まらないという様子で二階へ避難することが増えた。
うるさいから二階へ行く、しかし階下ではユキが相変わらず俺たち夫婦に甘え、可愛がられている。シマは面白くなかっただろう、時々「ちくしょう!」という感じで階段を駆け下りてきては、俺たちとユキの間にわざわざグイと割り込んで自己主張したものだ。
一昨年連れ合いが亡くなって、とうとう人間一人に猫二匹になった。
二匹は一人の愛情を奪い合うがごとく、張り合うように甘えるようになった。そして今、シマも「虹の橋」を渡り連れ合いの元へ行こうとしている。

背中をゆっくり撫で、「今までありがとう、もう頑張らなくていいよ」と声をかけると、尻尾をほんの少しだがぷるぷると震わせる。

残酷な時間だと思ったが、実際のところはどうなのだろう。呼吸は穏やかで、痛みも苦しむ様子もない。ただ、徐々に「死」が覆っていく気配。
奇跡など起こるはずもなく、確実に、この小さな命は失われる。はっきりともう判っていること。それを受け入れるためのゆっくりした時間。

2月22日の「猫の日」、犬猿の仲だった二匹はこんなになっていたのだが。
猫の日なのにケンカする二匹
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コメント

お邪魔します…

苦しい息詰まる日々の記録に、お便りを差し上げるのもためらわれるのですが、何かせずにはいられず、書き始めました。
かといって何が言えるわけでもありません。
ユキちゃんが以前飼っていた我が家のシロにわれ鐘のような?声まで似ているとか、もう1匹飼っていた温和しいクロが逝ったときのことなど想います。
何回も遭遇する死。身近な一つひとつの、一人ひとりの死は、通り過ぎて去るのではなく、重なりながら自分の心に大きな場所を取っています。浅川マキさんが歌った「赤い橋」を思います。いつか私も、橋を渡る。その時までは、生きていくんだ…と、自分に言い聞かせています。自分の事ばかり書いてすみません…。
白取さんは、今日もシマの背中を撫でながら、話しかけていらっしゃるんだろうなあ。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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