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2011-05-04(Wed)

お見送り

5月4日(水)

この日もシマは容態変わらず。ちょっとずつ、ちょっとずつ衰弱し、死へと向かっている。痛みもなく苦しい様子もなく、静かに。

朝はコーヒーとトーストで済ませた。「どこか行きたいところはあるか」と聞くと、友人は昨日二人で京都に着いてからあちこち街中は歩いたそうで、疎水を歩いて哲学の道まで散歩でも行こうか、ということになる。

うちの前をちょっと東へ進んだところから、南へ疎水沿いをゆっくり散歩。新緑がまぶしい、いい季節になったものだ。
昼前には暑いくらいの陽気になったが、水の傍、緑の中を歩いているので気持ちがいい。
途中銀閣寺道あたりから観光客も増え始め、おみやげ屋をひやかしたりしつつ、結局若王子さんまで歩ききった。
以前夫婦で来た時もさわった、京都で最も古い梛(ナギ)の木の幹を撫でて、恵比須さんにお参りし、境内で弁当と冷たいお茶を買って昼ご飯。

すぐ傍の疎水沿いはけっこう観光客が歩いているし、鹿ヶ谷の住宅地なのだが、境内のテントに腰を下ろして冷たいお茶を飲み、首を上げると緑が広がり、鳥が鳴いている。「一歩入っただけで自然の中って感じだよねえ」と言いつつ弁当を食べる。冷たいお茶も、京風幕の内弁当も思いの外美味しくて、二人とも小梅の種以外完食。
本殿にお参りをして境内を出ると、遠くに神輿が見えた。こちらに近付いてくるのだと思って待っていたら、消えてしまった。追いかけていくと、通りを曲がったところで一本締め。要するに終わって戻ってきたところであった。
そこから白川通りへ出て、バスで造形大あたりまで戻り、喫茶店で一服して自宅へ戻る。

それからは部屋で夕方までまったり。
夜は高木町の明青さんへ。
カウンタで料理に舌鼓。やっぱり何を食べてもうまいと大感激。我々の会話も弾んだ。色々と昔の思い出話などでも盛りあがり、最後は帰ろうとしたら、旦那さんが「たいしたもんじゃないですけど、これ今晩でも明日でも、召し上がってください」と言って折を作ってくれた。
出汁巻きに佃煮や牛肉とご飯などのお弁当。大感激。御礼を言って酔い覚ましにぶらぶら歩いて帰宅。

家に着いて「お弁当」を見るにつけ、ほかほかの卵とご飯、「これ明日冷めてからより、今食った方が絶対うまいよねえ」ということで、結局二人とも食べることにした。店でさんざん飲んで食ってきた後なのに「うまいものは入っちゃうなあ」とペロッと完食。いや本当にご馳走様でした。

シマの様子は変わらず。「明日の(連れ合いの)命日まで待つのかねえ」と撫でながら話す。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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