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2011-05-09(Mon)

シマは骨になった

5月9日(月)

昨日は寺院で供養をして火葬、返骨してくれる業者に連絡をし、シマの亡骸や花を入れた箱は玄関に置いておいた。
これまでもそうしてきたように、猫の通夜だと思い酒を飲むことにする。もっとも理由付けなんか必要なく飲んではいるが。
いただきものの酒を冷やしておいたので開ける…が、つまみが無い。冷凍庫に海老フライ用の海老があったので天ぷらにして、キャベツを刻んでコークスクリューにした上にちょっと残っていたスモークサーモンを載せて食べる。
「通夜」

トイレに立つたび、箱の中のシマをなでる。毛の手触りが懐かしい感じがして、冷たくなければ本当にまだ生きているよう。
この二週間ほど、弱っていく様子をずっと見て来たので、悲しみはもちろんあるものの、楽になったな、良かったな、という気持ち。あとは感謝。人に対する気持ちと何ら変わらない。
ユキの「お別れ」

ユキには一回だけお別れをさせ、あとは箱には近寄れないよう、廊下の内扉を閉めておいた。

夜、12時前にこちらが寝る段になってユキはちょっとシマを捜すようなそぶりをみせたが、すぐに諦めて俺のベッドに上がってきた。いつもは足元に丸くなるのだが、この夜はなぜか顔のすぐ近くで寝た。

朝は8時過ぎに起床。割合によく寝られた。
そういえば、このところずっとシマが「瀕死」だったため、気になって熟睡がほとんど出来なかったから、久しぶりに正味5時間以上寝た感じ。
外はよく晴れていて、気温も上がりそう。朝のもろもろをしつつ、箱のシマを気にかける。やはり冷たいが、毛の感触が生きている時のそれと同じで寂しい。

昼前、昨日連絡しておいたペット葬儀の会社から連絡があり、時間通りに12時ころ、カーネーションを持って係の男性がシマを引き取りにきた。礼儀正しく、過不足のない粛々とした態度。
「お別れはもうよろしいですか」と言うので、ここしばらくじゅうぶん時間があったこと、昨日の朝に亡くなってからも一日あったことなどを伝えた。

リビングへ戻ってくると、ユキが「にゃあ」とこちらを見上げて鳴いた。「ああ、シマ行っちゃったなあ。これでお前と俺だけになっちゃったな」と言って撫でてやる。耳が聞こえないから誰にも警戒心がなく、また、叱ったりしても学習能力があまりない。要するにちょっとおバカなのだが、その分いじらしく、可愛い。
撫でるとすぐに嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らし、中程が折れた「カギしっぽ」をリズムでも取るようにピン、ピン、と振る。そんなユキもいつの間にかもう7歳だ。

1時ころ、予想より早く火葬が終わり、シマが骨壺になって戻ってきた。係の人は「犬や猫にこれといって決まった供養の仕方はありません。お気持ちが大事だと思います。四十九日はお骨を手元に置かれる方が多いですが、その後もし埋葬などお考えでしたら」と言って永代供養やお墓の案内を置いていった。
ここ四半世紀ほどの間に亡くした猫たちのうち、最初の数匹は近所の動物霊園のロッカー型墓地へお骨を入れたが、何だかモノとはいえぽつねんとロッカーに入れておくのもなあ、と思って引き取った。以後、猫が亡くなるたびにお骨は家に引き取って手元に置いて供養していた。
京都へ越したのを期にそれらの骨もかけらをロケットに入れ、残りは散骨した。だから、シマの骨もいずれはどこかへ撒くかも知れない。
「それはいけない! こうしないと!」「これこれこういう作法が!」と言う人もいたが、そういう人らは大抵何かの宗教がらみだったりカネがらみだったりしたので、全く信用していない。「遺されたご家族のお気持ちですから、形式や金銭の多寡などはあまり意味がありませんよ」と言う方がこちらの気持ちに近かったし、何より誠実な人が多かった。これはもう実際の経験の話なのでしょうがない。

シマの骨壺を収めた袋は、連れ合いの写真の横に置いた。まだ熱が残っていて暖かい。

肉体は焼かれて骨が残る、それはもう「物体」。そこから先のことは生きてる人には誰にも解らない世界。
連れ合いの時も思ったが、だからといって「たかがモノ」とはもちろん思えるわけがない。同じ時間を生きて共に暮らして感じ合った「肉体」に愛着がないわけがない。
シマを撫でた時の何ともいえない手触り、抱いた時のみっしりとした重み、暖かみ。うっとりした顔。ゴロゴロとうるさいほどの喉。こちらの出した手にグイッと力を入れて食い込ませる爪、足元に擦り寄ってきてピンと立てた尻尾を絡めてくる感じ…、とにかく愛おしいそれらの感触と記憶がまだ、生々しく残っている。

ありがとう、という気持ちが大きく、不思議とあまりめそめそした感覚はない。

最後は少しだけ苦しんだ日があったが、眠るようにすうっと逝った。その瞬間まで、看取ることが出来た。
さらにブログへのコメント、メール、ツイート、DM、たくさんの人がシマにお悔やみをくれたし、見送ってくれた(この場を借りて御礼申し上げます!)。
幸福な猫だったんじゃないだろうか。うん、お互い幸福だったと思う。
シマのお骨
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はな様

自分は検索でいくつかの業者のサイトを見て、良さそうなところを選びました。
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Unknown

突然のコメント申し訳ありません。
実は知り合いの20年連れ添った猫が天国に行きました。
京都で返骨してくれる業者を探そうとしてたところ、ここへ来ました。
ご迷惑でなければ詳しく教えていただけますか?
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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