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2011-05-13(Fri)

ギックリ

5月13日(金)

今日も寝坊ぎみ。
やけに早くユキにニャーニャー鳴いて起こされたが、いなしてるうちに当のユキがゴロゴロ言いながら寝てしまったので、こちらもそのまま寝てしまった。

朝のもろもろを済ませて仕事のメールチェックをし、立ち上がろうと体を捻ったところでグキッ! と来た。
この年になると、だいたいぎっくり腰は体験済みの人が多いだろうし、自分も過去数回やっている。
元もと若い頃、青林堂時代は正直肉体労働6編集3営業1、という感じで、毎日とんでもない過酷な労働をしていた、それもとんでもない過酷な薄給で。
バブル時代の恩恵を受けたことはこれっぽっちもなく、毎日汗と土と埃にまみれて返本と格闘し、肉体労働の合間に編集作業を行い、校了を過ぎると自分で本を売りに営業に出た。テレビに映る世の中の狂乱ぶりを別世界のように見ていた記憶しかない。
これも以前書いたこともあるが、青林堂のA5判11折の単行本20冊1梱包を6つ、床から一度に持ち上げてあの急な階段を上り下りしていた。机仕事しか知らん編集なら何のことか解らないと思うけど、たぶん書店の人ならどれだけ腰に負担をかける事か瞬時に理解されると思う…。
神保町から飯田町駅近くの日販まで、登山用品店で買った背負子に本を百数十冊積んで歩いて納品に行ったりもしたっけ。まあ間違いなく、当時の編集者では土方度ナンバーワンだったと思う、胸囲1mあったし。

そんな感じで若い頃は体に相当無理をさせたので、30前後あたりから時々ギックリをやっていた。ここ数年は病気になって運動をほぼ出来なくなったので、腰やったらアウトだな…と思いつつ、どうしようもなく過ごしていたのだが、やはり来たかという感じ。
シマの病気もあって、ソファで寝たりすることも多かったのもあると思う。

とにかくビキッと来て、動けなくなった。
何しろリビングでテーブルに向かってあぐらをかいた状況で、モニタである液晶テレビに向かってキーボードやマウスを使うという仕事。一番腰に良くない。
それでも仕事をしないと別の意味で死んでしまうので、だましだまし、そろそろとPC作業をする。きつい。
もうとにかく作業だけで手一杯、それも休み休み。ソファにそろそろと寝て、しばらくしてから痛みを確認しつつそろそろと起きる感じ。もう、じっとしているしかない。
ソース焼きそば録画してあった「見とかなきゃいかん番組」をいくつかこなし、ついでに映画も観たりして、夕方まで安静にしていたらだいぶ良くなった。なので今こうして記録している次第。でももう、この辺でやめる。

晩はマルちゃんソース焼きそば、麺は酒で伸ばし、ウスターソースをちょいと足す。青のりたっぷり。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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