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2005-08-31(Wed)

病気の沙汰も金次第

8月31日

夕べは10時ころ抗生剤が外れたので、そのあたりの時間に就寝。寝る前、いつも夜中時間がわからず苦労するので卓上に置いてあったG-SHOCKを久々に右手に(左は点滴が入ってるので)して寝たのだが、2週間ぶりにはめた腕時計の重たいこと。それだけ筋力が衰えたかと愕然とする。今の俺は中坊とタイマン張っても負けるだろうな(笑)。夜中、時間は腕時計のおかげで解ったのはいいが何度も目が覚め、変な夢ばかり中途半端に見る。朝は6時過ぎの採血の直前まで半覚醒状態で朦朧。
朝食はグレープフルーツ以外完食、その後はネットでニュースなど見て9時ちょいにナースによるバイタル、朝イチの検温では35.9度だったがその後クーラー消して3時間ほど経過したところでは36.6と平熱。今日は嫌な嫌な骨髄穿刺検査=マルクの日だと思うと憂鬱。あと心臓エコー検査が午前中に入ってるとのこと。

その後パソを見ているとナース二人が来てシーツ交換してってくれる。片方のナースがノートPCを載せているベッド用テーブルを動かそうとして、PCの電源を「これ抜いちゃっていいですか?」と引っこ抜こうとするので、「ちょちょ、ちょっと待って」と押しとどめてシャットダウンする。まあバッテリーがついてるので全く抜かれても問題ないのだが、普通パソコンの電源って、抜いてはいかんものではないか、と(笑)。シーツ交換が終わると今度は「心エコー呼ばれましたので」と別のナースが呼びに来る。しかし車椅子はなく、一人で行ってこいということか。これは買い物のチャンスと思い、財布を持って出る。何せ一人でフラフラしてはイカンという患者らしいので、たまの「監督無し」は貴重。
2階の機能検査部へ行き、受付に聞いて3番検査室へ入って名前を言うと、すぐにカーテンで仕切られた暗いスペースのベッドに通される。胸を開けて、左を下にして横になっててくださいと指示されたので、そのようにすると、看護婦が電極みたいなのを3箇所心臓のあたりに貼り、その後はしばらく待たされる。しばらくして技師とおぼしき男性が来て、「これまで何か心臓に病気とか指摘されたことはないですか」と聞かれる。「ありません」と言うとすぐ検査開始。先端がぬるぬるしたジェルのようなものが塗られたエコーの検査用ヘッドを心臓周辺にあてて、モニタリングされてる様子。隣のブースでは俺よりちょっと後に入ったおっさんが俺よりかなり早く終わっていたので、俺の方はかなり長い時間やられているように感じた。(…何か異常でも?)とか不安になり始めると、「はい、終わりました。特に心臓の機能には問題はありませんので」と言われてホッと一息。時計がなかったのでどれくらいか解らなかったが、ベッドに横になってからは15分くらいか、20分までいかないかという感じ。薄暗い部屋に横たわってただじっと検査を受けているだけ、というのはかなり長く感じるので、実際は短かったのかも知れない。終わってエレベータホールへ行き、点滴ぶら下げたまま売店へ。売店は混んでいた。このところハマっている「明治ミルクと珈琲」を買いだめしようと思ったが、売り切れで一本もない。しょうがないので珈琲たいむのブリックパックを一つと、菓子、手鏡などを買って病室に戻ると11時すぎ。

部屋でネットを見ていると、11時半過ぎに医師団の一人、M医師が来る。「お変わりないですか」で「ありません」で終わりかなと思ったが、なぜか話し込んでしまう。血液やリンパの説明をしてくれ、俺の病気は慢性と急性の両方の特徴を持っている珍しいものだが、そもそも病気の分類もWHOのものからヨーロッパ、アメリカ、日本、あるいは細胞学者のものや自分たちのような臨床医のものなどさまざまで、またそれらも国や人によって意見も異なるだろうから、病名のはっきりとした定義というのはそもそも難しいものだという。まあ近年はさすがにそれじゃあ混乱するので、たとえばWHOの分類で統一しようという動きはあるが、ではそのWHOの分類が絶対かというと、俺のように当てはまらないものも出てくると。この分野は日々世界各国で研究が進んでいるものなので、それによってけっこう変わったりするものでもあるという。とにかく病名は最も近いだろうと思われるものにあてはめるしかなく、それがPLLであると。T細胞性であることは間違いないので(=T-PLL)、いずれにしても珍しいと。
俺は「最近本人のNK細胞を取り出して活性化して戻すという免疫療法もあるみたいですね」と聞くと「ああ、あれはでもまだ未確定ですね。それに確かに着眼点はいいと思うし、今後の研究次第では重要な治療のひとつになり得る可能性はもちろんあると思いますが、まだまだ研究段階です。それにものすごく高額な割には、急性のような進行の早いものに対応する即応性みたいな効果は薄いので、まあケースバイケースでしょうね」とのこと、なるほど。それに俺の場合はその前段階のT細胞より前に癌細胞に冒されるわけだから意味ないか。
その他寛解導入のこと、抗癌剤投与後の免疫抑制のことなど、こちらの疑問をいろいろ聞くが、丁寧に教えてくれた。さらに俺の病気は珍しいので、生検の結果や症状などを、国内の権威という人に送って意見を聞くとか、いろいろ調べたりしてくれているそうだ。途中昼飯が来たが、それでもさらに5分ほど話した。結局M医師は部屋に20分ほどいただろうか、その間立たせっぱなしで申し訳なかったです。ていうか普通チームの中の若いDr.など、そそくさと形通りのことを聞いたり話したりして帰ってくもんだろうから、こちらもこんなに長く会話をするというつもりもなかったので、気がつかなかった。いろいろ教えてもらい、聞いたことや疑問にも丁寧に答えてもらったので、かなり安心した。
昼食を食べ終わった後MARKに備えて横になってTVを見ているうちにうとうと…と思ったらノックの音。チームの中のI&SDr.コンビで、いよいよ検査だ。ベッドの傾斜を水平に戻され、高さを少し上げられて、上半身パジャマをはだける。「目隠しした方がいいですよね」というので「目つぶってますよ」と言ったが、結局ガーゼを目の部分に載せられた。自分の胸に針が刺さって骨髄液を吸い上げられる様子なんてなかなか見られないから…とも思ったが、結局そのまま目隠しをされたままにしておく。
I医師に胸をかなり丁寧に消毒されたあと、骨髄穿刺そのものはS医師(新しく主治医になったS医師とは別の女医さんの方)の担当らしく、麻酔をされる。局所麻酔の注射を胸の真ん中周辺に数箇所打たれ、その注射自体が痛いな…と思ってたら麻酔が効きだした。「これ痛いですか?」と聞かれたが何も感じなかったので「いいえ」と言った瞬間、ズキッと痛みが走る。「いてっ」と言うと、「今骨に刺さりましたからね、骨の時はちょっと痛いですけどすぐ終わりますから」とのこと。
その後針が入っていく嫌な感じがして、「じゃあこれから抜きますけど、ちょっと引っ張られる感じがしますから、1,2,3で行きますよ」と言われる。うへえ、あの強烈な痛みがまた来るのか…と思って覚悟し、掛け声の3と共にズーッと引っ張られる感じが骨の奥でする。これが今回は痛みではなく、なんとも言えぬ不快な感覚、とでも言うものか。すると「はい、もう終わりましたからね、あと消毒してふさぎます」と言われる。「え?これで終わりですか?」と聞くと、前に腸骨からやった検査は骨髄液に加えて別の細胞だか何かも取ったそうで、それが猛烈に痛いのだという。なので今回のMARKは痛みというよりものすごい不快感、という感じで終わった、やれやれ。
その後ガーゼをかなり厚く畳んだものを針の穴の上にかぶせてテープで貼り、「じゃあ重しを載せて止血しますから、30分か40分は安静にして動かないようにしといてくださいね」と言われる。傷の上にズシリと重い小さなクッションのようなものを載せられて、終了。ベッドに仰向けになったまま首だけを左に傾けて、TVのヤンキース戦を見る。
ものの5分ほどで連れが病室に入ってくるや俺の様子をみて「検査やったの?もうやったの?」と言って眉をひそめている。「たった今さっき終わった、でもこないだほど痛くなかったけど」と言うと聞くのも辛いという様子でかぶりを振る。そのまま俺はTVを見つつ胸に重しを載せて姿勢を保っていたが、40分ほど経っても誰も来ないので、自分で起き上がって重りを取る。猫とか小動物が使うような大きさの小枕みたいな重りには「1kg」と書いてあった。麻酔が切れた後も特に痛みもないようで、鈍痛がかすかにあるかな、という程度。この骨髄穿刺検査=マルク(MARK)は抗癌剤の効き目を調べるためにも、寛解かそうでないかを見るためにも、今後の治療上欠かせない検査。このくらいの不快度なら、堪えられそうだ。ていうか堪えられなくともやられるだけのことだが。

連れにM医師との話のことや検査のことなど話していると、3時ちょいにナースが「Kさんという方が面会に来られてるんですが、お通ししてもいいですか?」というので、もちろんOKと言う。間もなく取引先のKさんが花と週刊誌3冊(アスキー、ニュートン、SPA!)、あとフルーツと果物の缶詰などを持ってきてくれた。申し訳ないです! 連れは挨拶した後、下で一服してくると言って席を外す。その後30分ほど、病気の話とか今後の仕事のこととかいろいろ話した。

Kさんが帰ってから10分ほど経って連れが帰ってきて、聞くと病院内に医療費とかの相談窓口があったので行ってみたという。窓口の人は親切な人でいろいろ話を聞いてくれたそう。今の個室は差額ベッド代が一日いくらでかかってるし、癌治療自体がものすごくお金のかかることで、将来的に骨髄移植を目指すとなると、ドナー登録や検査、移植費用と前後の入院費などをあわせるとさらに300万くらいかかるという。しかしこの病気の治療自体、個室かそれに準じる環境がベストであり、同じような病気の人たちを集めたとしても、大部屋になればそれだけそれぞれに感染などのリスクが増えるわけで、その分環境を考えれば負担が高額にならざるを得ないのだ。ドシェー! 結局要するに金がない奴は死ねということだよ。ではビンボー人のための公的な融資といえば、係の人によれば区などの無利子で貸し付けてくれるという医療費融資制度は、物凄く審査が厳しい上に手続きも煩雑で、経験上ほとんど通った人を見たことがないと言われたそうだ。自分の場合は幸い癌保険や共済があったので、ともかく区の高額医療費補助が出るまでは持ちこたえなければ。今後の出費のことを考えると確かに頭が痛いが、命には換えられない。
生きていれば、働いてお金を作り、返すことは出来る。とにかく治して、頑張ろう。そういうことだ。
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コメント

だめですよ

サラ金から300万も借りちゃ。そもそも返済だけで月に10万軽く超えるじゃないですか。かといって金利だけで元金は一向に減らないし、果ては自己破産しかなくなっちゃいますよ。私も30くらいまでなら、もちろん無利子で融通しますよ! てか、寄付したいくらいです、出来ないフトコロ具合が情けないです。
ビル・ゲイツとかほりえもんとか、「これで治しなよ」って一千万くらいくれないですかね・・・。

300万だあー

そんなものなんとかなりますよ。50万サラ金から借りるとして、6社だし。
この闘病記をどこかの出版社に売れば、3万部は行くだろうし。(ごめんなさい、不謹慎ですが)
とりあえず、30万ぐらい無利子、無期限で貸し出ししようという人の10人位はいるでしょう。
私も30までなら、即答いたします。(ごめんなさい、300でなくて)

Unknown

一連の記述拝読いたしまして、何とも云えない感情に襲われております。
小生八十年代によく「ガロ」誌を拝読しておりました者です。勿論、白取さんのお名前は誌面でよく拝見しておりまして、「頭のいい人だなぁ」と感心しつつ楽しませて頂いておりました。その後「ガロ」の分裂事件の折、私は残念ながらインターネット接続が出来ない状況におりましたので、結局真相は新聞や雑誌でチラと報道されたものから伺うしかありませんでした。
思い返してみれば、当時の新聞をはじめマスコミの報道スタンスは、驚くほど不正確かつ曖昧模糊としたものではなかったでしょうか、結局「長井老亡き後、求心力を失ったメンバーが離散」と云うような総括でうやむやに認識せざるを得なかったわけです。
けれども、昨年白取さんの「特急」サイトを発見し、掲載されている当時の事件関連のテキストを全て拝読し、何か事件以来のもやもやしたものが一切晴れたような思いがいたしました。これだけ時間が経過してからでは、もう誰が悪い、どちらが正しい、というような議論は時既に遅しという感があります。けれども、「真相はどうだったのか」を知ることが出来たことで、私の心の中のかなりの疑問やひっかかりが氷解したのです。率直に感謝したいと思って、ずっと拝見しつつ機会を逸しておりました。
どなたかがコメントされておられたように、今困難な病気に対峙されている白取さんのご様子は、確かにあの夏の事件当時、一人正義を貫かれたお姿に重なります。どうかご無理をなさらず、とは言っても全身全霊で戦われる白取さんのこと。その戦いの果てが勝利であることを切にお祈りする次第です。
上記「コバヤシ」氏同様、これまで勇気がなく何も言えずに参りましたが、こればかりのこと、勇気でも何でもないことであり、単なる怠慢と思いなおして書き込みさせていただきました。

これしか言えない。

病気に負けないで、ぜひ戻ってきてください。
ここ数年拝見していた者ですが、もうそれしか言えません。実は他の多くの人もそうだとおもいますけど、何と応援していいか、何を言ってもしらじらしいというか、言葉がなかったんですが、、何もお伝えしないのもおかしいとも思いつつ。。。
頑張ってください。きっと、勝てます。

Unknown

白取さんの現在の境遇から、学ぶべき事は沢山ある。
とりあえず、今日、おいらは歯医者に行ってきた。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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