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2011-05-24(Tue)

診察日

5月24日(火)

病院フルコースの日。
あまりよく寝られず、朝は朦朧とした感じで6時前にユキに起こされた。ベッド脇に置いた折り畳み椅子にクッションを置いたところで寝ていたのが、突然「げえええ!」とゲロ。勘弁してくれよ…と思いつつ始末をして、もう一度寝ようとするが無理だった。薄い眠りで変な夢をいっぱい見て熟睡しきっていないという感じ。

外はざあざあと雨が降っていたが、午前中に雨は去るという予報を知っていた。あとは病院へ行く前に上がってくれないかな、という感じでのろのろとリビングへ降りる。トイレ洗顔を済ませ、猫の水・エサを半ば習慣でやり、仏様のお茶も交換…というところで軽く目眩がしたので、すぐにソファに横になる。

どうにも睡眠不足というのは体によろしくない。
健康な人なら気合いで二度寝するなり、逆にシャキッとやる気を出したり気持ちを立て直すことが出来るし、自分もかつてはそうだった。
だが病人になってしまうと、境界線上をふらふらしている感覚で、しかもかろうじて日常生活を送っている足元は細く、脆い。反対側へひとたび足を滑らせると、そこは数歩よろけて踏ん張れるような傾斜ではなく、ガガガーッと「入院」とか「手術」とかまで滑落してしまうイメージである。そしてここ数年実際そうだった。

テレビをつけて横になっていると、ユキが脇のところに密着してくる。こちらもそのままちょっとウトウトしかけるが、寝過ごすのが怖い。結局8時半ころ支度をして出た。
雨は上がっていて、予報だと日中は25℃くらいまで上がるというから、半袖一枚で傘は持たず。マンションを出て道路を渡ったところで、ご先祖様のお茶を入れ換えて、そのまま台所に置いたままだったことに気付いた。でもまあ、しょうがない。
俺たち夫婦はよく「生きている人が優先!」と話してきた。
今生きている人を、神とか仏の名で過度に縛ったり抑制する宗教はどうにも肌に合わない。理屈にも合わないと思う。そういう部分の価値観とか考え方が一致していたから、年齢差があってもずっと一緒に居られたのだと思う。大げさに言えば人生観とか哲学とか矜恃とか、そういう色々な大きくて深い部分。だから食べ物の好みやちょっとした意見の違いなどの日常の些細な差異が、大きなすれ違い・相手の否定などには決してならなかった。

さて病院へ着くと、受付のある吹き抜けホールは割合空いていた。ちょっと前までけっこう雨が降っていたので、早くから来て待機しているお年寄りが少ないのだろう。そして自動受付機と端末は最新式のものに入れ替わっていた。
前の端末と違い、液晶表示画面が携帯の画面のようなバックライト液晶のようになり、ボタンは「切替」「確認」の二つだったのが、十字方向+中央ボタンになり、スクロール出来るようになっている。
スクロールするようなことあるんだろうか…と眺めつつ、採血〜レントゲンとつつがなく終えて9時15分。かなり早い。採血は201番とたいして早くなかったが、レントゲンは受付して待合スペースに向かうと、たどり着く前に名前が呼ばれたので慌てたほど。
呼吸器内科外待合のさらに外、回廊に面した椅子に腰掛け、階下の大画面液晶テレビを見ながらひたすら待ち。何度かウトウト。呼ばれたのは11時前。結局早く来たが診察時間は前回より遅くなった。

I先生は「レントゲンの方はだいぶいいですね」とのこと。肺の中の丸い影もほとんど見えない。去年の肺炎の痕はあるけれども、だいぶ薄くなったという。そういえばもうそろそろ肺に穴が空いて入院してから、一年だ。
採決結果はコレステロールと中性脂肪がちょっと高いですね、と言われる。思い切り思い当たるので、運動不足と家での食事はどうしても油を使った炒め物などの簡単なものになりがちで…と頭を掻くと、「(採血結果は)そんな感じですねえ」と笑われる。
冬の間は感染や風邪の心配もあるので控えていたが、暖かくなったので散歩などの運動を…と話すと「(血液内科の)N先生ともご相談されて、軽い運動はなさった方がいいと思いますよ」と言われる。そうですね、いや本当に。
次回の予約を入れていただき、処方箋と肺炎予防の薬剤吸入の指示を貰って診察室を出て、そのまま処置室へ向かう。
何の躊躇もなく受付に吸入をお願いして廊下で待つ段になって、そういえば今日は前回よりも時間が遅かったことを思い出した。時計を見ると11時10分過ぎ。薬が来て吸入器を用意してもらって、そこから30分。その間に呼ばれたらどうしよう…と思って呼び出し端末を取り出して眺めると、そのタイミングで端末が震動し、呼び出し音が鳴った。見ると「外待合でお待ちください」の表示。一応予約時間はアバウトながら便宜上11時半ということになっている。
どうしよう…と思って画面を見ると、「お待ち下さい」の後に「確認」「今は行けません」という二つの選択肢があって、選択できるようになっている。前は画面ではなく端末のボタンで「確認」を押すしかなく、こういう場合はその科の受付まで行って説明しなければならなかったのだが、「今は行けません」というところにスクロールすると反転されたので決定。しばらくして「了解しました」と返信が来たので驚く。今行けない用事が終わったら、受付へその旨言えということ。
なるほど、新しい端末に入れ替わっていた恩恵をさっそく受けたわけだ。

ホッとしていると呼ばれたので、いつもの「電話ボックス」的な個室へ入って吸入器のノズルを咥える。30分のプチ拷問タイムだ。たださすがに慣れてきたというか、吐き気はなく、ただダラダラと出る涎の不快感と、吸入器の噴霧が消えては一度ドーム部分を外して振り回してからはめ直す繰り返しが面倒な感じ。30分は「最初の10分」と「後半10分」が感覚的にやけに長い。
吸入を終えて同じ階の血液内科の受付へ行き、呼吸器〜吸入が遅れた旨伝えるとすぐに了解してくれて、中待合で待つよう言われた。色々と進歩しているんだなあ、としみじみ。

12時過ぎに呼ばれてマスクで咳をしつつ入ると、N先生「お風邪ですか?」と心配そうに聞くので「いえ、吸入してきたばかりなので…」と話す。すぐに「ああ、そうですよね、良かったです」と笑われる。
採血結果を詳しく聞くが、前回間に合わなかった腫瘍マーカーが4ケタとやや上がっていたが、もっとはるかに高かったこともある。白血球数は1400、PLTは7.5万…全体的に見るとやはり低値安定というか、横ばい状態。
「他に何か変わったことは」と聞かれたので、呼吸器で言われたことをお伝えする。「どうしても男の料理っていうとカロリー過多になりがちで、体重も運動不足もあって増えました…」と言うと、やはり軽い運動ならして構いませんよ、とのことだった。
とりあえず今回も「変化なし」。やれやれ、である。

会計をし、病院南の薬局で薬を貰い、歩くか…と思ったらちょうどバスが来たので乗ってしまった。まあ、これもしょうがない。
自宅近くの交差点で降りてスーパーで買い物をし、帰宅・落ち着いたら1時半。何か疲れた。
出がけに忘れたご先祖様へのお茶と線香をあげて合掌。

夕方は、先日テレビ(NHK「仕事ハッケン伝」)で見たペナルティ・ワッキーの「王将」修行で見た映像が頭から離れず、レバニラ炒めを作った。下味をつけた牛レバをカリッと揚げて、多めのしょうゆ味ベースのタレを軽く片栗でトロ味をつけて絡める。東京・神保町に勤めていた頃、さくら通り「威光」で食べた味がイメージ。
ま、素人ならこんなもんでしょう、とビール。5時半、まだ外は青空である。

今日、コレステロールと中性脂肪が高いと言われて「男の料理は炒め物が多くて…テヘッ」的な反省をしたばっかりなのにコレだもんな…。
でも、健康な人がコレステロールだの中性脂肪だのと心配して「病気にならないように気を付ける」ってのとちょっと俺の場合は意味合いが違うし。言い訳だが。
レバニラ

アップ。
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コメント

おいしそう。。

いつもよだれを垂らしながら拝見しております!
明後日会社の健康診断を受けてまいります。
この検診ですが数年前から、生活習慣病予防健診などという名前になり、メタボ判定なる欄ができました!
メタボリックシンドロームです・予備群です・メタボ~ではありません・のどれか記入されるのですが・・・
この判定、かなりきびしいとの噂です。
これまで、異常なしだった者が、いきなりメタボなどと判定されたりするです。
いちおう先週から飲酒を控えておりますが・・・ビクビク・・・
白取さんもご自愛くださいませ。
遅ればせながら、シマちゃんにお悔やみ申し上げます。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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