2011-07-07(Thu)

七夕

7月7日(木)

もう今年が半分過ぎてしまった。
今日は七夕であるが、会いたい人も今は亡く、特に星に願いもない。
年齢を経るごとに、特に死病を患ってからは一年一年が大事なはずなんだけど、はっきり言ってアッという間。十代の頃の濃密な時間との差は年々呆れるほどに広がる一方で、さりとてそれを今の十代の子に言ってもポカンとされるか失笑されるだけだろう…とか考えつつ、今日も蒸し暑い京都である。
このところちょっとややこしい仕事があって、東京から離れていてもネットがあればデータとメールのやり取りで出来る有り難さを実感しつつ、逆に「定時」が一切ない束縛感があるという不思議。
それでも減ったとはいえ、仕事があるというのは本当に有り難いこと。
出版、編集関係の友人知人と話したりメールなりでやり取りするにつけ「不景気ですねえ」「仕事減りましたわ」ということばかり。
こちらも仕事自体の総量がガクンと減っている昨今、その中でさらに出版関連の割合は激減したといっていい。一応死ぬまで一編集者であるつもりだが、コンサルやアドバイザ的なこと以外、編集者としての業務はほとんどなくなった。これは版元が東京に集中し、作家もその近辺に居住し、打ち合わせやらアレコレでやっぱり面と向かう必要も多く、従ってこの仕事は東京に居ないといかんという構図はある。
だが東京に居たところでこの不景気は変わらず、自分の病気が改善するわけでもない。

ま、色々しょうがない、ということだ。

ホットプレートを買ってしまった。
こないだお好み焼きを焼いて以来、やっぱりホットプレートがあると何かと捗るな、と思い熟慮の末(笑)買うことにした。先日届いたので、テフロン加工された厚底鍋と波形プレート、それにたこ焼き用プレートを洗って一度空だきしておいた。
たこ焼きプレートは関西だとデフォルトで家にあるものらしいが、連れ合いが生きている頃から、我が家にあった記憶はない。じっと見ていると無性に焼きたくなる。
そういえば、たこ焼き最後に食ったのいつだっけ…と記憶をたぐると、連れの生前、京都に来てから三条商店街を散歩したときに二人で食べて以来だと思い出した。家でも外でも、一人で食うもんじゃない気がして、それ以来食っていない。しかし目の前には焼いてくれと言わんばかりのプレート。
というわけで、スーパーで明石の生食用ボイル蛸(こういうのが安く売ってるのは関西のいいところ)と、テフロン用のたこ焼きピックを買ってきた。何しろ、その他の材料は家にある。
生地を作って冷蔵庫で数時間寝かせてから、夜の晩酌にたこ焼きを焼いた。
よーく熱して油引き(これも我が家にある)で穴に油をならしていき、生地を注いでちょい火が通ってから一個一個ばらけるようにピックで溝を切って蛸を入れていくが、ここからは時間との戦い。刻んでおいたキャベツ紅ショウガをうまいことばらけるように置き、頃合いを見てくるりくるりと返していく。なかなか難しいがテフロンなのですぐにコツを会得。面白い。ひっくり返った頭に油を軽く塗っていく。これで外がカリッとなるわけ。
プレートは外周部と内側では焼け具合が違うので、それを入れ換える時も、コロンと転がすように動かすのが面白い。なるほど、こりゃ家族でワイワイやるもんだよな…と思いつつ一人でも意外と楽しい。

●まあ人生初にしてはうまかった。
あとは生地を作る際にダシをもうちょっときかせるのと、山芋なんか入れると良さそうだな、とか。精進精進。
いや精進してどうする。
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コメント

どうも

皆さんコメントどうもです。

・中野さん
たこ焼きはコツ憶えると焼くのは簡単なんですが、あとは「生地」ですね。中をトローっとさせて外はカリッとさせないと家で焼く意味がないというか。
函館行かれたようで、天気で良かったです。天気で全然印象の変わる街ですし。

・KEIKO.S様
コメントありがとうございます。
大切な人を失う経験、こればかりは本人にしか解らない辛さがありますね。月並みですが、自分もそうだったように、時間が癒してくれるのを耐えて待つしかありません。
それにしてもやまだの高校と同じとは、不思議なご縁ですね。

・サニー様
ありがとうございます。
九州といえば自分はまず、マルタイラーメンですね!インスタントの中では間違いなく、一番多く食べてますし、常備してあります。ご当地それぞれにうまいものあり、ですね。

たこ焼美味しそう(^q^)

九州人の私には、たこ焼は買う物ですが、年に一回も買わないかなぁ。好きなんですが…

ちなみに私は、まだまだ七夕に願いを(^o^;)白取さんより、年上ですが。

あ…お誕生日おめでとうございます\(^o^)/

良い1日、1年であります様に(^-^)

Unknown

はじめてお便りします。

いつも白取さんのブログを大変楽しみにしている者です。
およそ30年程前、私は筒井康隆を愛する高校生でした。本棚には筒井康隆、星新一、小松左京、山下洋輔、タモリ、つげ義春、花輪和一、丸尾末広、式貴士等の本が並んでおりました。その中でも、「掃き溜めに鶴」というか、「一服の清涼剤」というか、とにかくそんな存在の本が、やまだ紫さんの「しんきらり」「性悪猫」の2冊でありました。

カーペンターズのI NEED TO BE IN LOVEは、私にとってもとても思い入れのある曲です。
私は、最近、愛していた(と思っていた)人を失いました。
明け方の4時に、友達もいない場所でたった一人、わずかな希望にすがりついている・・・まさに今の私です。

たった今知ったことなのですが、なんと、やまださんは私の高校の先輩だったようです。
偉大な先輩を持ったことを大変誇りに思います。

人生と言うのは容赦ないものですね。
最近は鬱々とした気分になることも多いのですが、間違いなく、白取さんのブログに救われています。
厳しい暑さが続きそうですのでくれぐれもご自愛くださいますように。

旨そう

旨そうですねえ。
大阪は一家に一たこ焼き器ですよ。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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