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2005-09-07(Wed)

不在者投票

9月7日(水)

夕べは仕事のデータがメール添付で来たので、データをダウンロードさせたままノートPCを閉じて寝てしまった。ADSLのスピードが恋しいが、病院で受信できるだけ有難いと思わねば。久々に点滴がないせいで久々にゆっくり熟睡できるかと思ったが、意外と何度か目が覚めてしまった。何回か夜勤の看護婦さんが見回りに来るのだけど、そっと来てくれるので問題はない、ただ点滴生活での浅い眠りに慣れてしまったのかも知れない。それでも点滴アリ時よりは概ねよく寝られた方だろうか。6時過ぎに自主的に起きて検温し、洗顔などしたあとボーッとテレビを見ていた。その後仕事をしてデータのアップロードをしながら朝食。なかなか進まないFTPの進行度インジケータをチラチラと見ながら完食、データのアップも終えた後はやることもないのでPCのスパイダーソリティアを始める。ていうかソリティアやりっぱなし。別に何が面白いわけではないのだが、クリアできないと腹が立ち、すぐに次のゲームを開始してしまう。勝てるのは数十回に一回なので、必然的にやりっぱなし、というわけ。
昼食後、昨日貰った病院内での入院患者用不在者投票のカードを持って、衆議院選挙の投票へ行く。ここは7階、特設の投票所は階段を降りて6階のミーティングルームという部屋とのこと。点滴がないのでもちろん手ぶらなのだが、三週間ほどの入院生活で足が萎えているのか、階段を降りる運動がけっこう重い感じがしてショック。この調子だとこの先抗癌剤投与で何ヶ月もベッド生活が続いたらどうなってしまうのか…という感じだ。しかも血小板数も少なめではあるので、転んだりしないように手すりを使い、壁際をソロソロと歩いて会場へ行く。年寄りか俺は。

投票所となった部屋は三方の壁面に長テーブルを向けてあり、パイプ椅子が並べられている。同じ入院患者のお爺さんが一人、すでに投票用紙に書きこんでいる。係の女の人にカードを渡し、投票用紙の入った二重封筒を三枚貰って案内されて窓際のテーブルに座る。部屋に一歩入った瞬間から、この投票用の部屋が異様にタバコ臭いというか、物凄いホコリっぽいような臭いがしたので驚いた。換気扇が廻っているのに、篭っている臭いが凄いのだ。病院内は完全禁煙なのでタバコ臭いわけはないので、ホコリや昔のヤニの臭いだろうか。ともかくマスクをしていて良かったが、係の女性は普通にしているので、普通の人はこの強烈な悪臭は感じないのかと不思議な思いがした。何せほとんどの時間を病室のベッドに取り付けられた大型空気清浄機のエアカーテンの中で過ごしてるわけだから、綺麗な空気に慣れきってしまっているのかも知れない。小選挙区、比例代表の投票、最高裁判官の罷免の3つの用紙、書き終わって二重封筒に封をして、係に確認してもらって3つの封筒に判子をもらい、輪ゴムで束ねたものを投票箱に入れて投票完了。投票は納税者に与えられた権利だから、行使するのは当然。投票にも行かない馬鹿には税金が高いとか消費税が高いとか年金がどうとか言う資格はなし。黙って為政者がやるのを大人しく受け入れてろ、というのが昔からの持論。「投票行動をしない有権者は罰金200万円」にすればいいのにといつも思う。あと違法駐車も一般市民の携帯写メールでの通報証拠採用OKにしてガツンガツン取り締まって一回で罰金10万円プラス減点10、にすりゃ無くなりますハイ。
投票を終えてゆっくり階段を上がって部屋に戻る。息が切れるほどではないが、この程度の「運動」でも用心して動かないといけないというのは、自分が普通の体ではないことをつくづく思い知らされてしまった。しばらくすると看護婦さんが「蓄尿ももうしばらくはいいですからね」と瓶を下げられた。点滴もなく蓄尿もないと、本当に何かただ静養中という感じがしないでもない。その後主治医のS先生が来て腹を触り、容態に変化もないので週末外出をしてもいいということになった。連れ合いにその旨メールすると、家の中を掃除しなきゃと慌てていた。ていうかどんな生活してるのだ。夕方MDr.も来て、同じようなことを話していった。「何か質問とか気になることはありますか?」と言ってくれたので、ズバリ「一番気になるのは助かるかどうか、Mさん「いや、でも昔みたいにこの病気は不治の病ではありませんからね。大丈夫ですよ」と言ってくれた。

その後夕飯前に連れ合いから電話があり、俺が一時外出の許可が出たことをおふくろに言ったら、急遽上京して顔を見に来るということになったという。で、ホテルを調べてというので、一旦切ってネットで検索する。すぐに見つかったので予約の電話番号などをメールして、それからおふくろに電話で確認した。今さらながらネット時代で良かった。おふくろには「別に今来んでも」と言ったが、「顔が見たいから」という。思えば上京してから20年以上、その間実家に帰省したのは5、6回くらいか。そのうちの1回は帰省というより「ガロ」の取材でほとんど実家では寝ただけ。別な一回は正月に帰省したが風邪を引いて寝てただけだった。おふくろが東京に来たのは連れと暮らし始めたばかりの頃に一回、あとは15年ほど前の合計2回だったか。20年間に数えるほどしか顔を合わせいない上、今度は癌だという。考えてみれば何と親不孝な子だろう。親に対する最大の親不孝は逆縁だと思う。それだけは絶対に避けたい、頑張って生きなければ。
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コメント

皆さんコメントどうもです

>不肖の元生徒さん
某コミック誌の編集長さんを招いて夕方から飲み屋行ったね、あの場にいたのは数人だったのでだいたい見当がつきます。元気ならそれでいいさ、生きてさえいれば何とでもなるし。「先生と街中で呼ばれても返事はしない」と言ったのは、どこか「先生」と呼ばれることにまだ気恥ずかしさがあったからで、ましてや業界に入ってしまえば先輩後輩になるので、と思ったからじゃないかな。今ではもう先生は先生なんだからそれでいい、と思ってるので堂々と言ってくれ! って街中で会うことがあるのか…いや、俺は社会復帰するので可能性はあるぞ!

ところで、異なる意見を持つ相手とも冷静に議論が出来る、お互いを尊重し認め合える、その上で差異はきちんと認識する。日本人て議論下手なので意見が違うと全人格否定されたみたいな感じになることもありますね。相手が無礼な態度だったらともかく、きちんとした手続きを踏んで礼儀をわきまえていれば、冷静な議論が出来るでしょう。

「元生徒」さんは誰だかちょっとわからないけど(何せ97年度からなので膨大な数なので…)「何も発言しないのは意見がないのと同じ、いないのと同じ」ということは今でもよく言います。会議なんかさせてるときとかね。「黙る自由」も日常あるけど、会議の場合にそれを言うと頓珍漢なことになるわけで。
あとnatunohi69さんはあの熱い時代を肌で体験されているので、政府や政府が作り上げたモノ…制度や法律や仕組みも含めて、不信感があるんだと思います。自分は冷静に総括できる立場にあったわけですが、それでも普通に戦後史を見ていれば、今の十代、特にネット世代に増えている「右翼」たちにはどうも浅薄なもの、危険なものを感じざるを得ませんね…。気分で動くことが多いというか、実際に顔を会わせて議論できずに、常にモニタの前でネットから「情報」をかき集めて「知識・教養」と勘違いしているような輩もいますし。そういう人種とは「意見が違ってもさわやかにお互いを認め会える」という関係は生じにくいでしょうね。

私は投票します。

匿名の元生徒です(w)
講義の中で白取先生はたくさんの心に残る素敵な言葉を伝えてくださいました。その中で、「今思っていることを今表に出さないと、それは他人にとって何も思っていないとしか取られないよ」ということがあります。微妙にちがってたらごめんなさい。
私は私なりに、今投票すること、例えばそれがヒトラー時代であっても(前提が大げさすぎますね)、私は「民主的手続き」にのっとってヒトラーに「NO」をつきつけます。後でそれが少数意見として全体的賛成の中に埋もれても、自分は後世ヒトラーにNOを言ったことを誇りとして生きられるからです。投票に行かないというのはやっぱりおかしいと、私は思います、ごめんなさい。
natunohi69さんが自らの体験から投票行動に出ないのはご自由です。白取先生が常に投票という行為で意思表示をしていることもまた、ご自由だと思います。意見が正反対でも、お互いの自由な考え方を認め合えるからこそ、「正反対の意見」同士でもさわやかに聞けるのではないでしょうか、生意気ですが。

白取先生はもうとっくにお休みですね。一日も早い克服をお祈りしています!

投票したことはありません。

>投票は納税者に与えられた権利だから、行使するのは当然。投票にも行かない馬鹿には税金が高いとか消費税が高いとか年金がどうとか言う資格はなし。

白取先生が素敵なのは、私と思い切り意見が違うことがあるのに、なぜかそれを、すがすがしく感じられることです。

私は、高校生から20歳の頃にかけて、高校の同級生の一人がバールで殴り殺され、もう一人の親友も常に命の危険を感じて日々ヌンチャクをポケットにしのばせていたような政治闘争の季節を過ごした中で、絶対に投票にだけは行くまい、と心に誓い、53歳の今にいたるまで一度も投票所に足を踏み入れたことが無いのが密かな心の支えであり、誇りでもあります。

あの頃の政治的考察の日々の中で、この日本はかつてヒトラーを民主的手続きで指導者としたドイツのように民主的手続きを経て、また戦争をできる国になり、実際また戦争をするだろう、という確信を得たものですから、その時にお前も反対であれ、賛成であれ、民主的手続き=投票に参加したではないか?といわれたくなかったし、今でも言われたくないのです。

いざ戦争となった時、日本国の義務には従いたくない。その時、お前は権利は行使したくせに、と言われたくないので、今にいたるまで一度も投票という権利はあえて行使していません。

でもなぜか、白取先生の意見は不思議とそれはそれとしてさわやかに聞けるのですよ。私と同じ意見でも、なぜか絡んでケンカしたくなる人もいるというのに。
なぜでしょうね、

先生と…

「街中で呼ばれても返事はしない」と、かつて卒業間際の講義でそう仰っていたのを何故か強く記憶しています。けれど、あえて先生と呼ばせていただきます。
と、ここまで書けばもうお分かりかと思いますが、自分はJ専卒業生です。勿論、専攻はコミックコースでした。

先生の講義は毎回とても楽しくて面白くて。そしてとても有意義なものでした。卒業して4年ほど経ち、現在、本の編集にはいっさい関わりのない仕事に就いてはいますが、皆で煙草を片手に授業ではできない様なお話で盛り上がったこと、卒業制作に四苦八苦していた時に助けていただいたこと、昼間っから居酒屋で某編集長殿を巻き込んで飲み会をしたこと等等、今もよく覚えています。それと、先生の仕事にかける情熱や、それ以上に口ではちょっと突き放すようなことを言いながらもその実決して私たちを見捨てない温かさも。

つい今しがた、先生が大病を患っていることを知り、いてもたってもいられなくなってこうして書き込みしている次第ですが、どんな言葉をかけるべきか、いまだに分かりません。知ったばかりで混乱しているというのもあるでしょうが、何にせよ、きっと自分が想像する以上に頑張っているだろう先生に、安易に「頑張って!」なんてとてもじゃないけど、言えないです。
でも、負けないで欲しい。心の底からそう思います。

この先、お会いする機会もそうそうないでしょうが(それこそ同窓会でも開かない限り)、病気が完治すること、そしてまた元気に社会復帰されることを切に祈ってます。

いえー

励まされると、励みになります(笑)。いや本当です。
札幌に住む旧友のウメタはメロンのゼリーとかハードロックのDVDを送ってくれた、サンキュー!!
こんなことになって、励ましてくれる友人、知人、助けてくれる家族や親戚に本当に感謝しております。
そして、一度も顔を会わせたことはないのにも関わらず、「ガロ」時代やネットを通じて知り合えた方々からもこうして激励されて、自分は幸せ者だと思いますよ。
誰が自分のことを本当に思ってくれているのか、かみしめて感謝している日々です。

すみません

小生、先日は皆さんに「もっと励ませ」と取れるようなコメントをして反省しております。
人は人、自分は自分ですね、小生は白取さんが病気を克服されるまで、激励し続けます。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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