2011-12-14(Wed)

「やまだ紫クロニクル」

12月14日(水)

このところの忙しい状態から脱してぐったりしたのもつかの間。
しかしここ数日、休むどころか連日再び新たな作業にとりかかっている。

一昨年、連れ合いであったやまだ紫・三津子が亡くなったあと、一気に全ての画稿を新たに整理し、全作品のリストを作った。
途中、ライターの中野晴行さんや復刊の担当をしていただいた小学館クリエイティブの川村寛さんはじめ、ネットでも色々な方に助けていただいて、解る範囲でほぼ全作品を網羅した。
それから彼女の年譜も資料や遺された記録から、詳細なものに書き換えた。
そうなると、もっと詳細な書肆データをきちんと作っておきたい、年譜も写真を添え、ファンの方に喜んで貰えるようにしたい…と思い始めた。
けれども、悲しみと苦しみを紛らわすかのように、わざと忙しくそれらを始めたものの、その都度、最愛の妻であり最も尊敬する作家でもある人を失った事実と向き合わねばならなかった。
だからたびたび作業は中断したし、ずっと張り詰めていたものが一周忌を境にゆらりと楽になったような気がして、ゆっくりやっていこう…と思うようになった。
ゆっくりし過ぎた感があるが。

ここしばらくの、何の稼ぎにもならぬ、細いシノギという糸を繋ぐためだけの最悪な激務からは解放された。
忙しい状態に慣れてしまうと、躁状態になるのかも知れない。
ここで、中断していた「やまだ紫クロニクル」を完成させようと改めて思ったのだ。
作業中
前にエクセルで作った年譜やリストはあくまで私的な目的しか考えていなかったので、公開するにあたってはhtml化せねばならない。そのままエクスポートするとすさまじく余計な情報を吐き出すから、膨大なデータのhtml化が作業のほとんどを占める。
また写真を入れ込んだりするため、どうしてもcssやscriptを変えたり、新たな写真や画稿のスキャンなどの作業が生じる。
こうしたことをコツコツと、再びやり始めた。
これもまた「仕事」ではない、単なる地道で膨大な作業である。ただ、これは自分がやらねばならない事の一つ。
経済的にはこの不況時、本当にシャレにならない現状なので、現実逃避の側面がなきにしもあらず、ではあるが。

とはいえ、元来こうした「編集」行為と地道な反復作業は得意だし、嫌いではない。
いつになるか解らないが、死ぬ前には完成させて公開できるようにしたいと思う。
やまだ紫クロニクル
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コメント

いつもありがとうございます。

なんとか、ゆるゆると急がずに作っていきますので、時々思い出して覗いてみてください。
それにしても、やまだはいい作品をたくさん遺しているな、と今さらながら感動しています。
それらもいずれ、何らかの形で再び世に出したいと思っています。それも、ゆっくりと。

よかったです

地道な作業がこつこつ続いて、絶対に良いサイトができます。信じてます。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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