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2011-12-30(Fri)

年越しの準備

2011年12月30日(金)

一年が終わろうとしている。もう明日は大晦日だ。

連れ合いを亡くした年・2009年の大晦日は、ネットのお遊びで出して見た自分の名での「今年の漢字」に「生」が出た。連れ合いから「生きて」というメッセージを感じた。
ちなみにツイッター名でやってみたら「猫」。こういうプログラムが無数にある文字や数字の羅列からその時に選び出したモノって、そりゃあ何の意味もないと捉えるのが科学的思考である。そんな事百も承知だ。
だが、その「無意味」なものに「意味」を見出し、付加したり感情を動かすのが人間。「大晦日の「メッセージ」

その後は明青さんの暖かい心使い、料理と花に感謝した。(「年越しの料理」
明青さんは常連さんに「一年の感謝のしるし」に、年越しの料理を配ってまわる。大変だなあ、偉いなあ、と思いつつ、俺もう常連さんじゃないのに申し訳ないなあ、と思った。そんな事言いつつ毎年いただいている。

去年もその明青さんに、てっちりを一人前だけお願いした。
いつも頂いてばかりじゃ申し訳ないし、冬にふぐは絶対に喰わないといかん。これだけは譲れない。貧乏でも、季節ごとに旬のものを一度は、ちゃんといいものを喰う。普段粗食だろうが何だろうが、そういう場合は「本物」を喰う。他を削っても。抜いても。
というわけで『「明青」さんに感謝!』の昨年末だった。

今年は連れ合いを亡くして3度目の年越し。
何というか、今年もありがとう、来年もよろしくと感謝し合う家族がいないと、まあほっとくとだらだらっとだらしない方向へ崩れる、人間てそういうもんだ。
年越しの賀状は連れの生前から「もうやめよう、送ってくれた人にだけ寒中御見舞にしようよ」という事にしてある。おせちも、二人の頃はちゃんと栗きんとんから田作りから黒豆から一通り揃えたものだが、もう一人だと「形を整える」ことにあまり意味を感じない。
それより、あるものに感謝して、生きているということを実感しつつ好きなモノを食べる。そして飲む。それでいいと思うし、その部分こそむしろちゃんとする。

昨日スーパーで雑煮の材料は一通り揃えた。
おせち的なものは、幸いつい最近実家から塩数の子、冷凍いくらなどが送られてきたから、たいしたものではない。
今日は午後から用意にとりかかった。
昆布だしを沸かして白ネギと生姜で鶏スープを作る。去年もそうしたと思うが、今年も一人分×数日分だから、手羽中を買ってきた。

昨日から数の子の塩抜きをしていたのを出して薄皮を黙々と剥く。水気を切ってタッパーに入れる。
買っておいたほうれん草を茹でて水で締め、これも適量ずつ切ったのを塊にしつつタッパーに入れる。
昆布はやはり送ってもらった北海道南茅部産の上物。一人なので大部分は明青さんに使っていただいた残り。これでダシを取る。
最後に手羽中をレンジで軽く暖めてから、フライパンで皮目からこんがり揚げるように焼く。塩胡椒とほんの少量の醤油だけで味をつけ、身の方はほぐして酒の肴にするのだ。
残った骨は包丁の背でカチ割って行き、ダシ取り用の袋に入れて、昆布だしに投入。あとはこれを煮込んで行き、アクをとって漉せば雑煮のベースが出来る。
具は鶏肉とほうれん草、白ネギ、三つ葉、紅白のかまぼこ、そしてゆずの薄皮。餅は角餅。

さて足りないのはお刺身…だがこれも、実はいただきものだが、まぐろの柵を冷凍してある。これを塩水のぬるま湯につけたあと、ふきんでくるんで冷蔵庫で解凍。夜になったらこれらで一杯やる。
今日から年末〜正月モードです。


色々あった一年だった。まさか自分が生きている間に、あれほどの大災害を目撃するとは思わなかった。
それを通して色々な事も見えた。もともと人間、信用していた人に裏切られ、世話をしたと思っていたら相手は全く恩義を感じていないとか、マヌケなもんである。俺がマヌケな人間だからか。そういや連れ合いもよく「馬鹿正直」「クソ真面目」と言われ、「まるで正直で真面目なことが悪いみたいじゃない」と笑っていた。
愚直、というのとは少し違う。普通の人間が普通、と思っている事が、狡猾な人間、小賢しい悪党からは愚者のように見えるのだと思う。

とにかく、人それぞれそういったすれ違い・思い違いが多く、同じ方向を見ているのに全く違う事を考えていたりもする。
大災害だけは、そんなバラバラな人間たちを一つにした。中には「愉快犯」もいたし、「便乗犯」もいた。それでもこれだけ多くの人が震災や原発事故に関心を寄せたことはないし、安全を、よりよい復興を願うという気持ちは一つと思いたい。

来年は今年をどう述懐してるだろうか。
たぶんこの調子だと、病気よりも生活苦で大変だろうと思う。
連れ合いと一緒に地方に引っ越してきて、それでも東京時代とハンデのないネットでやり取りできる仕事がつながってくれていたが、それも気が付けば不景気やら色々あって半分ほどに減った。
地方に移ってネット回線はつながっているが、肝心の人間関係が寸断されたわけだ。というより、97年から俺の事を本気で「やくざ屋さんの手先になり金でガロを売ろうとしたひとたちのなかま」と思ってるウスラトンカチが居るらしいと知り合いのライターさんから聞いた。
まあ、そういう馬鹿にはもう説明も面倒臭いし馬鹿じゃなければ真相なんかいくらでも調べられる時代だし、そんな馬鹿なデマを信じて付き合いをやめるような馬鹿だったら馬鹿がうつるので別に切れてもどうでもいい。
ただ二次被害というのがあって、その馬鹿を馬鹿だと思っていない馬鹿が馬鹿みたいにそういうデマを妄信して俺を悪党だと思っているのもいるってんだから、もはや落語というかマンガである。
本当につくづく面倒くさい。だからどうでもいい、俺はだいたい病人だからストレスになるような事は考えたくもない。
とにかく大きなストレスは連れを失った事、病気、そして経済的な問題だ。こういうの、「何とかなりますよ!」…って人もいるが「ならねえよ!(笑)」と思わず苦笑したくなる。そういうのを「おためごかし」という。俺も、連れ合いも大嫌いだった。

つくづく、健康だったら何でも出来るのにと悔しい。肉体労働は嫌いじゃないし、若い頃に筋肉もりもりになるほどやったもんだ。しかしこんな免疫抑制患者ではまず外で働く事そのものがハイリスクという状態。人脈も京都や大阪でもっともっと拡げたいと思うが、病気がそれを許さない。じゃあ、どうしろっていうのか? と自問するが答えはまだない。

来年は今年をちゃんと述懐できているだろうか。

皆さんはよいお年を。自分にもよい年が来ますように。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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