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2011-12-31(Sat)

ご馳走

2011年12月31日(土)

今年もあと8時間ほどで終わり。
昨日、仕事が減った、しんどいとヘタレた事を書いたら知り合いから連絡があり、まあ「頑張れ」みたいな感じに励まされてしまった。いや心配かけてすんません。でもこればっかりは気力で乗り切れる問題でもなく、それもお互い解っていて、その上で言ってもらえるわけで、それは有り難いし申し訳ない。

今日は昼前に明青のおかあさんから「これから伺います」と電話。マンション下に着いたところでこちらは実家から送って来たじゃがいもをお裾分けに持って降りる。
明青さんは昨日も書いたが、毎年「感謝の料理」をお得意さんに配られており、うちは注文しておいた一人前のてっちりと一緒に届けていただいた。相変わらずの笑顔で「今年は何もなくて良かったねえ」「(料理の)写真撮ってや〜」「よいお年を!」と元気に帰られた。
そういえば今年は一度も入院しなかった、こんな状態なのに奇跡的と言える。大阪に飲みに出かけたほど調子のいい時もあった。
つくづく健康だけが羨ましい。
心身ともに健康であれば、絶対に苦境を乗り越える自信はあるし、病気になる前は何度も乗り越えてきた。本当に、健康だけはどうしようもない、どんな大富豪が金を積んでも治らない病気もある。
健康でさえあれば、たいていの事は乗り越えられる、高望みさえしなければ。


というわけで、さっそく写真を。
▼てっちり、これで一人前。薬味とポン酢もついてます。
てっちり


▼で、お料理の折り詰め。
元気が出ます。


▼フタをあけるとこう。
これを無料で配る男前。


▼せっかくなので大きい写真。
大きい写真


今年はけっこう身内や友人知人から酒や肴、その他色々と頂き物をした。この正月も数の子やイクラ、まぐろ、じゃがいも、吟醸酒、そして何より明青さんの素晴らしい京料理とてっちり。てっちり以外はタダである。感謝しておいしくいただこう。
これまでたくさんの人に助けて貰ってきたなあ、とこれらの料理を並べて思う。損得抜きで、利害関係が無くなってもずっと変わらない人たち。一番の感謝は、やはりこういう自分を助けてくれる人たちに。本当にいつもありがとうございます。

…きつい一年だったし、来年はもっときついんだろうけど、ぐだぐだ言っても言わなくても新年は来るし、金は天から降ってくるわけでもなく、仕事がドカンとくるわけでもない。
最後においしいものをいただいて締める。
年越しそばも自分で作ったダシで用意、うまかった。
ま、あとは飲んで食って年を越すだけである。

そういうわけで皆さん本当によいお年を。

年越し蕎麦
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コメント

明けまして

おめでとうございます。
いつも励ましていただき、感謝しております。
自分はこれまでずっと誰かに助けられて生きてきたと、つくづく思います。
正直、連れ合いの入退院繰り返しから自分の癌告知、そして連れの死ときて、この上に何か来たら誰でも生きてく方が辛いと思うでしょう。
実際前からちらちら書いてますが、人生は難行苦行そのものという事をひしひしと実感しています。

こちらも、日本より今年のご健康と幸運をお祈りします。

良いお年を

日本ではあと20分ほどで新年を迎えますね。
日本にとって大変な一年でありましたし、先日のブログで白取さんの一年が大変なものであったことも窺えました。
でもご自身おっしゃっているように、入院騒ぎがなかったっていうのが、実はとても嬉しい事実ではないでしょうか。
このまま病状が進行せず、こつこつとお仕事の傍らクロニクルを充実できますよう、そんな2012年をお祈りいたします。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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