--------(--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2005-09-13(Tue)

えっ、退院?

9月13日(火)
今日は午前中に胸部レントゲン検査。午後は何もないし暇だなと思っていたら、バンド仲間だったS井から郵便物が届く。開けてみるとDeepPurpleのIN CONCERTのCD。これはこないだ見舞いに来てくれた時に、俺が高校の頃に買った2枚組のレコードしか持ってないので、今は聴けないんだと話したやつ。S井によればCD化されていたということで、しらなんだ、と言ったら送ってくれたのだ。ありがたいことです。早速パソコンで20年ぶりくらいに聴く、いやはや懐かしい。やっぱりこのメンバー時代が最強だな、生半可なバンドにこれだけの生演奏ができるかよ…なんてやってたら突然看護婦さんから今日MARK(骨髄穿刺検査)があると言われてビックリ。
しばらくして検査。今回は研修医のSDr.による胸骨からの採取だった。ところが麻酔が足らず激痛、思わず「イッテテテテテ!」と声が出る。すぐに主治医のS先生が「麻酔追加して!」と指示、んで骨髄採取。今回は2ccだそう。この骨髄を吸引する時はあの「1,2,3!で行きますよ」というやつ、「3」で骨髄がググーッと引っ張られるあのとてつもなく不快な感覚が襲う。こればかりは麻酔で軽減できるものではないので、不快なこと夥しい。ともかく終わって針穴を消毒後、ガーゼをあててテープを貼り、左耳から首筋の方へ垂れた血を拭き取られ、ベッドと背中の間に敷いてあった紙を取って、患部に重りを載せられて終了。「1時間くらいそのまま安静にしていてください」と言われてひたすら時間が経つのを待つ。胸の上には重りが載ってるから、首だけを左に向けてTVを見ていると首が痛くなってくる。なのでしょうがなく目を閉じて、ウトウトしかけると4時になり、看護婦さんが来て重りを取ってくれた。
その後、連れがここ数年の入院でお世話になっている板橋区医師会病院の勝呂先生が来られる。「奥さんからメールいただいてね、まさかご主人がこんなことになるとはね…」と。科長のT教授とは昔からの知り合いで、既に俺の容態について聞いてくれたといい、「はっきりとまだ診断がついてないみたいだね、大変だねえ」と言って下さる。俺もパソコンに入力してある血液データを見ていただいたりして、10分近く話す。先生はお見舞いだと、花の図鑑を下さった。勝呂先生もお年だというのに、ありがたいことです。



昨日夕方、主治医のS先生が研修医君数名を連れて来られ、朝の採血の結果も含めて、病状の解釈というか、治療方針も含めた説明をしていただいた。

結論から言うと抗癌剤投与は延期ということで、このまましばらく経過を注意深く観察していくということになった。

何度か記しているように、俺の病気のタイプは非常に珍しいということで、採取した骨髄液の細胞サンプルを国内の専門家複数にみていただき、意見を伺っているということだった。その中のある高名な先生にS先生が直接電話していただいたところ、どうも診断を受けたT-PLLすなわち『T細胞性前リンパ球性白血病』ではないのでは、というのだそうだ。もともとこの病院の血液膠原病内科でも、診断に迷うほどで、とりあえず最も近いと思われる病名を一応つけたということは聞いていたので、病名は変わることがあるかもとは予想していた。詳しい専門的なことは解らないが、T-PLLだと血液中に出てくるはずのない血球だか顆粒だか細胞だかが見られるそうで、また白血病の典型的な症状である白血球の異常な増殖も全く見られない、見られないどころか通常の人よりも3分の1ほどに減少し、それもその低い数値でずっと、いわば「安定」している。それはこちらも毎回データを見せていただいて入力もしているので、よぉぉく理解している。ちなみに最新の採血の結果も見せていただいたが、S先生いわく「血球関連以外はむしろ健康診断でも何もひっかからないくらい正常です」と笑うほど。なるほど、まあこの病気はその「血球の癌」なのだから、それが問題なのだが。
俺は「でもこれは癌には間違いないんですね」と聞くと、それはそうだということ。広い意味でのリンパ性の疾患で、もちろん癌細胞はもう出ているから間違いはない。それにしてもほとんどここ一ヶ月以上症状にも採血のデータにも変化が見られず、つまりは進行がほとんどないということだ。脾臓の腫脹は確かに顕著なので、選択肢としては抗癌剤治療を急いでやる必要性よりも、むしろ脾臓摘出ということも考えられるという。ただそこまで脾臓が極端に他の臓器を圧迫しているとか、著しく不都合があるかというと、食後の膨満感以外はあまりない。そして脾臓を摘出したことによって、例えば白血球が異常に増える、つまり寝た子を起こすというリスクも考えられるというから、そちらの方が怖いとも言える。そしてどうも慢性リンパ性白血病に似ているけれども、T細胞性であることは確かで、でもT-PLLではない。となると悪性リンパ腫の可能性も再び浮上してきて、そのあたりの見極めがきわめて難しいということなのだという。
意見を伺った関西におられる大家の先生は白血病の大家であり、リンパ腫となると、別にJ大学の先生がおられるという、なのでこうなったらそちらの意見も聞いてみたいという。俺も急いで治療をする必要がないのなら、徹底的に調べてもらって間違いのないようにして欲しいし、「抗癌治療にはまだ入らない、病名確定まで時間がかかる、それならばすぐに退院させろ」などとわがままを言う気もない。むしろ、急に悪化するようなことがあったり、感染の心配があったりするのなら、病院にいる安心感の方が大きいと伝えた。S先生は、ともかく急性転化するというのは骨髄性白血病の症状であり、俺の場合はまずそういうことはないだろうということ。だとすれば、少なくとも今の状態が続いている限りは、入院している必要もなく、退院して感染や貧血に注意しつつ、通院で血液検査などをモニタリングしていくということでもいいのではないか、というのだ。
とりあえず今週から予定されていたはずの抗癌剤治療はなくなり、あるとしても一〜二週間は先になるということで、その間はS先生も意地なのか、「僕も国内の専門家に聞きまくりますよ!」と言ってくれる。俺も俺で、「治療が長丁場になることは覚悟していますから、徹底的に調べてください、その上でやはり入院の必要なしと言われるのであれば、退院させていただくということで」とお願いした。病気は医師だけの力ではなく、患者の治ろうとする力も必要だ。S先生は医師としても人としても、極めて信頼できる方だとこちらも信用している。俺も患者として信頼されるようにならなければいけない。

それにしても俺も一時は死を覚悟した。いや、今でももちろん覚悟はしている。正直を言えば、入院して数日後に一人病室で点滴の刺さった自分の腕を見つめていたら、この病気とその果てにある死を現実のものとして受け入れられず、涙が出たことがある。
生検で癌細胞が出てしまった以上、癌宣告と余命宣告をされ、ショックは受けたが、今は立ち向かい克服する戦いに向かう意欲に燃えている。絶対に癌に勝つ、寛解どころか完全治癒してやる、もし俺の病気が日本では症例がないほど珍しいのなら、俺が完全治癒すれば治癒率100%ではないか。これほど後で同じ病気にかかる患者を勇気付けられるデータもあるまい! とまで前向きに考えられるようになった。むろん、ここにいたるまでには苦悩したし、恐怖や絶望や人に言えぬ慟哭があった。そんなに簡単に切り替えられるものではない。俺はスーパーマンではないし、ただの弱い人間だ。そしてこれはお涙頂戴やご都合主義のチンケなドラマではない、現実なのだ。
こうした前向きに意識を向けられたことで、免疫力が高まり、癌の進行を抑えているのだろうか。そんなこともチラと考えないではないのだけど、この病気は自覚症状がほとんどなく、よくよく考えればここ半年か一年、こんな感じだったと思う。何年もかかったかも知れない。それが本当に偶然、もうはっきり書いてもいいと思うが、浮間舟渡駅前・iタワークリニックの岡本先生(命の恩人だ!)が健康診断のレントゲンで縦隔の影…それはリンパ節の腫脹だった…を見つけてくれたことで、発見できた。そこからも、ほとんど病気自体は進行していないのだ。
死は覚悟はした。死ぬということが、身近に、現実のものとしてあるということをようやく受け入れた。次はいかにそれを先に延ばすか、つまりは抗癌治療と骨髄移植に向かう決意をした。癌と闘い、それを克服するという決意だ。だからもう長丁場になることも、それが辛く苦しい道のりであること、つまり精神的にも肉体的にも経済的にも、あらゆる面で辛い道のりであることを覚悟したのだ。そうしてひたすら待った。その果てに、ひょっとしたらこのままくすぶり続けるのではないか、という道が可能性として見えた。それは、確かに辛い抗癌治療や骨髄移植の道よりは楽かも知れない。だが癌は癌だ、それを抱えたまま、感染のリスクやいつ悪化するかという恐怖に怯えながら生きていくことになる。どちらがいいのかは解らない。ただ、偶然というものはなく全ては必然だとすれば、俺は俺の、この癌という病気に侵されたことの意味を俺なりに理解している。
連れ合いが長く病気に苦しみ、入退院を繰り返し、健康体ではない状態に今もある。一方俺は自分を健康だと過信し、看病をしている時はともかく、普段は彼女のスピードに合わせて手を添えてあげることをしてきただろうか。本当の意味でお互いをいたわり、お互いに真に支えあったと言えるだろうか。俺の今回の癌という病気を得たことの意味は、お互いがそろりそろりと本当に体を労わり合い、支え合い、同じペースで人生を歩めということではないのかと思ったのだ。だとすれば、もし俺はこの癌が克服できたら、本当に心からそうしよう、そうして生きて行こうと誓った、まさしくその状態が「道」として今見えたのかも知れない。
もちろん、そんな話ではなく、各方面に問い合わせ、意見を聞いた結果、これこれこういう病気と確定した、なのでこういう薬でこういう治療をします、となるかも知れない。それは解らないし、最も顕著な「症状」である脾臓の腫れは依然あり、治まるわけはないのだから、摘出が必要なほど腫れる可能性だってある。ただどちらにしても、この病気と闘うことに違いはない。俺は頑張るし、先生がたも頑張ってくれている。癌の野郎、逃げるなよ。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

コメント

そうでしたか

何かやってて良かったと思いますね。>4ガロ
今度はいろいろこちらが励まされてますんで、逆に感謝申し上げます!「無治療で寛解」を目指そうかな。

ところで自分のルックスがかっこいいなんて思ったことはタダの一度も全く少しも全然ありません。写真撮られるのもイヤだし、うちにもほとんど自分の写真はないくらいです。たぶん錯覚だと思いますので…。

御礼

ガロ時代の白取様に何をして頂いたか、ですが、それはもう言葉では語り尽くせません。「僕は十六角形」さんが4ガロで精神的に救われたという主旨の書きこみをされてましたが、あの頃私は挫折感と劣等感に打ちひしがれておりました。そこで投稿した4コマを白取様が取り上げてコメントして下さり、「(笑)」と最後に付けて下さった。この「笑」がどんなに嬉しかった事か。ああ、私のようなものでも人様に(馬鹿にされる、というのと別な意味で)笑って頂けた、と。その事が救いになり、本当に励みになりました。

その後も、前にも申しましたが、何度か投稿を取り上げていただくことで、私は最高の編集者の方に無料通信添削をして頂いていたことになります。子供の頃漫画家になる事を夢見ていた私にとってこれは大変な贅沢でありました。

本当に、御礼を申し上げたい事を上げるときりがありません。心から感謝しています。

話は変わりますが、失礼を承知で申し上げると白取様ルックスもすごくかっこいい方ですね。
闘病記中の御写真を拝見してから、累々と重なる癌細胞の屍を一瞥して「相手を見てから仕掛けるんだな。フッ。」とか言って去って行く白取様の姿などを想像してます。











ありがとうございます

まりさん、いつもどうも。自分は書き込みがないとガックシ来ますし、誰かが励ましてくれると文字通り励まされます。ここ数日ちょっとまた一時外泊があったりで更新してませんが、毎日チェックしてました。更新がなくても、アクセス解析を見ると毎日数百人(ip数)の人が「白取はどうしてるかな」と気にかけて見てくれてる、というだけで嬉しいです。
ガロ時代、自分は何をしてあげられたのかな、ということは自分ではわかりませんが、お世話になったとおっしゃっていただけるなら、きっと何かのお役に立ったということでしょう、そのことも単純に嬉しいです。顔はあわせてなくても、ガロの読者の人やネットで知り合いになれた人たちはみな、他人のような気がしませんね(笑)。

ところで
「最高の名医は病む人の中にいる―あるいはその人自身だ」
ということ、本当にその通りだと思いますね。
癌細胞は前にも書いたように、普通の人でも毎日、日々数千という癌が体内で生まれているのに、それらを人間は「自分で」殺しているのですから、癌を。この癌をピンポイントで殺すということは現代の医学では不可能なことです。つまり癌治療に対する最大の名医は他ならぬ自己免疫力すなわち自分ということになりますよね。
俺が、癌を、ゆっくりと殺しにかかる。そう思うことにしましょう!

僭越ですが

「癌はゆっくりと、俺を殺しにかかってる」・・・。
何だか逆のように思います。
病と真っ向から向き合い、病を知り尽くす努力をされ、病から肯定的なメッセージさえ受け取って今後のより豊かな人生を勝ち取ろうとされている御姿に深い敬意を抱くとともに、これは癌の方がたじたじだろうと思いました。

薬を使っているわけではない今も、ただの待機期間ではなく、白取様ご自身の力による、静かでも確かな「攻め」が続いているのだと思います。

「ほっときゃ死ぬんでしょう」と書かれていましたが、以前御報告したように、ほっといて自然寛解した方もあります。この方は病院サイドから見るとほっといた、ということになるのでしょうが、病気を知る前と知った後で何も変化が起きないはずがない。気持ちの持ち方とか養生に努めるとか、それだけのことでも大違いだと思うのです。何か代替療法を取り入れていたかもしれないし。

病気の治療を医療は手助けするかもしれない。でも、最高の名医は病む人の中にいる―あるいはその人自身だと思っています。

自分はガロ一愛読者で、白取様には読者投稿欄で御指導を賜り、一方的に御世話になりっぱなしの人間。面識もなく、こうして書きこみをさせて頂くことも甚だ僭越だとは思っているのですが、ついついまた書いてしまいました。失礼をお許し下さい。




消灯前

9時になると看護婦さんが回ってきて、電気消してないと笑顔で「消しましょうかー?」と言われる。勢い「いえ、自分で…」と言って枕元のスイッチに手を伸ばすと、「おやすみなさーい」と出て行く。なのでもう寝るしかないという雰囲気っす。

皆さんコメントどうもです。
いや、進行が遅いということと、極めて珍しい症例なので、白血病なのか悪性リンパ腫なのかまた少し診断が未確定になったということで、つまりは治療方針と薬剤が決まらないという状態なんすね。癌は癌なので、ほっときゃ死ぬんでしょう。
ただ「低値安定」状態がずっと続いているので、ここ一ヶ月だけ切り取れば「あまり変化なし」ですが、6月の血液検査では白血球が2500あったのが今は1300。ここ一ヶ月の白血球数総数は1500前後を上下しているけど、好中球数は1000以上あったのが半減。もっと言えば一年前は脾臓が腫れてなかったわけで、着実に癌はゆっくりと、俺を殺しにかかっているんですね。
皆さんが励ましてくれるたびに、免疫細胞が奮起するような気がしています。いや本当に、ありがとうございます!

ごぶさたしていました

いまさらながらご病気とのこと、ショックを受けております。闘病中の日記全て拝読し、感銘を受けました。
白血病やリンパ腫など血液関係の疾患について自分なりに調べてみましたが、治療にはやはり時間がかかるようですね。でも皆さんが書かれておられるように白取さんなら大丈夫です!月並みなことしか申し上げられなくて残念ですが、頑張って下さい!

Unknown

改めて白取さんの精神力に感服しました。必ず治癒率100%の症例を作られることを信じてます。それにしても、骨髄吸引は本当に大変そうです・・・

テッテ的に

殲滅しちゃいましょう。癌細胞なんか。
連中が大人しくしてる間に気力と体力つけて万端整えて下さい。

ああびっくりした・・・

本当に、白取さんが癌を気力で撃退・治癒・退院となったのかと、見出しを読んで思ってしまいました。でも白取さんなら癌にガツンとかまして「おととい来い、タコ!」とか言いそうですけど。
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

広告
アフィリエイト・SEO対策
検索フォーム
プロフィール

シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

シンプルアーカイブ
リンク
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。