--------(--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2012-02-18(Sat)

雪大文字

2012年02月18日(土)
雪大文字
朝起きていつものように比叡山を見ようと窓を開けると雪。
関係ないが布団の中にいたはずのユキは窓際の椅子の上で寝ていた。
細く開けておいた障子の隙間から雪でも眺めていたのか。

今年の京都は雪が少ない、正月あたりにチラホラと降った程度で、洛北でも積雪は無かったと思う。
まあこれも昼には溶けちまうのだろう、と思っていたら意外と長持ち(?)している。
午後には日が射し、青空も見えるのだが、チラチラと小雪がたまに舞う感じ。
風情ですなあ。

と、いう心の余裕もひさしぶり。このところ本当にしんどい。肉体的は病気もあるので元々だが、精神的、物理的にあれこれとしんどいというか、キツい。
気がかりな問題は山積しており、その解決策はないまま日々忙殺され、時々ぐったりと倒れる。

数日ネットも転がってスマホでニュースをチラホラ見る程度で、ブログやSNS系もほったらかしにしておいたら、Facebookはんから「ちゃんとやれよ」というメールが来た。「お前の友達はまめにアップしてるからお前もそうしろ」という事だが大きなお世話である。

これまで、どれほど辛いことがあっても、連れ合いが倒れ失った時も、それこそ指一本動かしただけで信じられない激痛が走る帯状疱疹劇症化の中でも、胸腔ドレーンが入ってようが手術前後だろうが、「記録すること」はやめなかった。
記録が趣味というより性癖のようだからだ。

高校生の頃、ブ厚い横罫B5版のノートを買った。
もちろんその頃には漫画家になろうと、親をいかにだまして大学受験を一年後にして専門学校へいったん入るか、それだけを考えていた時期。当然、ネームやラフ、イラストなんかを書き散らすために買った。
絵を描こうという決意を書くつもりが、何でそうに至ったかを書き、ついでに天気や朝何を食ったとかあれこれ記録しはじめた。
記録というのは中断しては意味がないので、高校の間ほぼ、いや毎日確実に記録していた。日記というより完全に自分とその周辺の記録だ。
ここで自分の「やるなら徹底的に」という性癖が出る。天気や気温、遊びに来た友人の名はもちろん途中入った喫茶店での席順やそれそれのオーダー、値段。そんな調子で何から何まで記録した。
それが別段苦痛ではなく、当時はたくさんあった…漫画や楽器やあれこれの趣味のうちの一つという感じで、楽しくさえあった。

まあそれも2年3年…5年10年と続くと、膨大な個人情報の記録…というより歴史書のようになる(笑)。
個人的なもの、日記には若い頃の恥ずかしい妄想やつたない作品の元やアレコレも加わり、さらに自分以外の余計な情報も詳細に記録されている。
これをもし他人に見られたら、自分は丸裸にされるよりももっと恥ずかしい事になる。
つまり、単に外見である「裸体」を見られるよりも、頭の中にある考えや性癖その他を丸裸にされる方が遥かに恥ずかしい。

日記は結局「ガロ」末期のドタバタも含め、2005年まで続いた。最後の数年はエクセルにつけていた。
2005年というと、自分が白血病宣告を受け、一時は余命数ヶ月と言われて決死の抗癌剤治療・骨髄移植へ…という時期だった。それが病気の型が違うので、慎重に様子を見ましょうということで「釈放」された後、日記の役割はブログへ置き換わった。
けっこう人生における波乱の時期、最大の苦痛、困難、病気や入院・手術と色々あったが続いてきた。
ただもうそろそろ限界のような気がする。
こういう状況で苦しい、でも頑張る…みたいな事を、今はいろいろと(些末な事も含め)事情があって書けないのだ。
書いたところで気分が晴れるとか楽になるとか、そういう問題じゃないので、どうしようもない。
苦しいけど、記録する、書くことが出来る、書くことによってある程度相対化する、そんなことさえ余裕が無くなってきた。

若い頃のあまりに浅薄で見苦しい日記は数年前にこの世から完全に消滅させたが、ブログは残るしパブリックに見られている。
あまり見苦しいことは余計に書けない。
そうして、なんとなーくブログやSNSから遠ざかるのだ。
白血病を患い、唯一の支えであった連れ合いを失い、数度の入退院と手術、免疫抑制による外出の制限。
俺がもしこういう人を外から見たら、まず鬱病を疑う。
というより、鬱病にならない人の方が珍しいだろうな、と思うしなっても仕方ないだろうとも思う。

自分の場合はそういった精神的に病む前に踏みとどまる手段が「記録する」ことだった。
自分を一歩引いたところから、あるいは俯瞰したところから見る。そこに少し、心に余裕が出来る。
だから人はブログを書きツイッターでつぶやくんだろう。
それが出来ているうちはまともだ。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

コメント

歴史

京都は雪が長持ちする、気温が低い、冷えてるんですね。ブログは過去記事もgooの時、結構読ませて頂きました。やまだ紫さんと、本当に素敵なご夫婦だったのだなぁと思いました。京都でのお二人の日々の暮らし、あちこちにお出かけになったこと、微笑ましく読ませて頂きました。本当は知り合った当時のことを、どこでどんなデートをしていたり語りあったりしたのだろう、どんなエピソードがあったのかなぁなど、もっと知りたい、そしてそう思わせるほどねうらやましくなるほど愛を感じる、あたたかなお二人(カップル)です。もしよければ偲んで書いてください。読む者は心があたたかくなります。そして白取さんの文章が好きです。記録は自叙伝が書けますね。お忙しい中、私のこんなコメント、気分悪くさせたらごめんなさい、ご負担に思われたらすいません。でも前に読んだ時コメントしなかったけれど、ずっと思っていた正直な気持ちなのです。

No title

ブログもFBもツィートも、誰かのためではなく自分のため。書けない(書かない)状況にあることを誰にも弁明したりする理由はない、ですよね。
ただ、白取さんのご病気のkとがあるので、ときどき1行でもメッセージがどこかに出ると、白取さんの周囲の方々も安心すると思います。
でも、これも周囲の人間のわがままですよね。
書けない(書かない)ときは、書かない。ですもの。
どうぞご自愛ください。

Re: 歴史

ありがとうございます。
自分はモノカキ側の才能ではないと、もうずっと前から自覚しております。
凄い方たちと身近に接してお仕事が出来たので、分相応とわきまえています。
その分、こういう場所では好き放題適当な事を書き、それが息抜きでもありました。
最近は明るい話題を書くことがめっきり減って、読む方もそりゃ明るい気持ちになんか
なれませんよね。じゃあ無理して明るい事を書くという嘘が簡単にできれば楽なんですが。
やまだとの事は色々な方から書けば、と言われましたが、自分にその才はないと言ってきました。
じゃあ語り書きで、という話もありましたが、いつの間にか消えてます。
世の中も変わったし、何より某○摩書房が「作家」としての「やまだ紫」を現役として扱わず、
十年近くも作品を放置した事で、話を持って来た方も時期的にどうか、というご判断だったのでしょう。
また、余裕が出来た時は心配して下さる方々のために、病状含め近況駄文書き連ねます。

Re: No title

おっしゃる通り、体調や気分によりますよね、ブログもSNSも。
以前は身内が一日1ツイートあれば「とりあえず生きてる」確認にはなるというので
始めたんですが、最近はひんぱんに電話が来るし、生存確認手段も別にあるので(笑)、
なおさら頻度が減るという…
ただ、こうしてネットで少なからず心配していただく方がおられるので、病状報告その他、
何とか継続して行きたいと思います。
何しろブログの前に病気があって、それでも生活があって、家賃を払い光熱費を払い
飯を食わねば病気以前に死んでしまいます…。過酷です。
カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

広告
アフィリエイト・SEO対策
検索フォーム
プロフィール

シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

シンプルアーカイブ
リンク
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。