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2012-02-21(Tue)

HIVみたいな症状だけどHIVじゃない

2012年02月21日(火)

今日は病院の日なのに、寝過ごしてしまった。8時前にユキちゃんがニャアニャアと鳴いて起こしてくれたのだが、そのままぐずぐずと布団にいたら9時近くなってしまった。
朝のもろもろを手早く済ませ、支度をする。(ちなみにユキが起こしに来たのは「カリカリが空なにょよ!」という事らしかった)

採血受付で番号札を見ると50番くらい先だ。しばらく待っていたが、この時間を利用しようと、下のレントゲンへ向かう。
胸部X線撮影、すぐに採血受付へ戻ろうとしたら、呼吸器内科の診察呼び出し。今日は早い。

I先生はレントゲンが出たので呼んだ、採血はまだみたいなので後で血内のN先生からよく聞いておくように、との事。実は寝坊して、採血まだなんです…とは言えなかったので、採血受付の番号用紙をそっと上着の下に隠す。

肺は異常なし。
先月高かった肝臓の数値が今回どうなってるか、気になるんで自分も後で見させて貰いますから、とのこと。
俺は間違いなく酒だと思うのだが、「いやあ、ちょっと家に一人だとついつい飲むくらいしかなくて…」と言うと「いやまあ、そうですよね」と苦笑される。
ただそれで数値が上がったのならいいが(良くはないが)、他の薬との副作用とか、違う要因だと困るから、ということ。
あと「インフルエンザのワクチンは受けましたよね」と言われてハッとした。忘れてました…。
先生は「インフルは普通の人でもかかりますけどね、あなたの場合はもしかかったら大変な状態になりかねないので」という。肺炎球菌は前回打ったワクチンでまだ大丈夫だが、インフルは受けとくようにとのこと。あわわ。

その後いつもなら肺炎の薬を吸引するのだが、すぐに採血に向かう。
とっくに順番は通り過ぎており、係に札を見せて、割合早く採って貰えた。
ここから1時間は待つということだな、というわけで処置室へ向かい、いつもの吸引。30分の地獄。
今日は起き抜け慌ただしく出て来て胃に何も入っていない。そこへ嫌な薬の吸引なので、胃液を吐いたり大変だった。

そこから1時間ほど待って、12時前に血液内科受診。
N先生は肝臓の件はこちらが飲酒の話をすると「そうでしょうね」と言われる。それより中性脂肪が高いというので、これまた最近簡単な肉料理系とか、おいしいツナ缶を発見したのでツナマヨなんかに目覚めたせいもある。言わなかったけど。「食生活が…どうしても…えへへへ」というくらいにぼかしておいた。

尿酸値だのγだのコレステロールだのも歳相応に気にかかるとはいえ、俺の場合はとにかく、免疫不全だ。
先日来、お袋と新しく増えた抗ウィルス剤が高いと話していたら、「あんたみたいな病気に何か公的な扶助はないのか」というので「そんなもんないよ」と即答すると、「調べたのか」というので、一通り自分で調べたと話した。
それでも制度が変わったかも知れないし、一回ちゃんとそういう機関なりに聞いてみなさいよ、というので、N先生にその話をする。

要するに、出版や編集、ネット関連の仕事は東京時代の仕事が幸い切れずに京都でも続いていた。
今はネット回線があればデータのやり取りはもちろん、打ち合わせすらカメラ同士で出来てしまう。
しかし、ここ数年の不景気や、取引先の倒産などがあって、経済的に厳しい。
そこに、免疫抑制による薬剤が増えた=つまり負担が増えた。
易感染の状態で外へ出て働くわけにもいかず、働く意欲・意志はあるしそれなりのスキルも機材も持っているつもりだし、時間もある。
しかし現実の問題、こんな不況の時代に病人に在宅で仕事をまわす企業など皆無。
ならば、せめて負担の増えた薬剤分など、補助制度みたいなものはないでしょうか…。


N先生はこちらの状況をよく理解されているので、親身にになって聞いて下さり、その場で病院内の医療相談窓口へ電話をかけて下さった。
係に「…はい、HIVではないんですが細胞性の免疫不全で」「でもカリニ肺炎での治療歴もありますし」「はあ、ええ、HIVではない、んです」
というような説明をされているのを、横で聞いていた。
この種の助成、扶助制度は「これとこれとこれ」みたいな、リストに書かれた病名が確定診断されていないと、それ以外はいかに症状が似ていようが、困っていようが、絶対確実に対象外。
役所仕事とよく言うが、まず間違いなくそうだ。それに、俺も病気になった時に一応あれこれ調べました。

ちなみに親友が社会保険関連の仕事をしていて(公務員なので詳しくは言わない)、障害年金が受け取れないか調べてやろうか、という。調べてやるというか、勝手に調べるわけにいかないので調べて下さいという申請を出せば、という。
これも、20歳から病気の初診日までの間に払わねばならない年金の「3分の2」以上を、初診日までに完納していないと受給資格すらない。
俺の場合はこれに1年ほど支払い期間が満たないので、ハナから無理な話。
97年に「ガロ」でクーデター事件があり、在籍していた当時の親会社ツァイトは倒産した。それから俺は失業保険を受けながら内職仕事などで糊口をしのぎ、借金もたくさんした。そんな時期にとても年金を払えるわけもなく、今となってはそれがアダとなって、病気になってもビタ一文受け取れない。
もとより、老人になってからの年金など貰えるとは思っていなかったとはいえ、やはり健康な時って何も見えていなかったのだな、と思う。


というわけで、会計受付を済ませてから、呼び出し器が鳴るまでの間を利用して医療相談の窓口へ行ってみた。
元より、長い話にはならないと解っていたからである。
血液内科のN先生が診察室で話して下さった情報は的確で必要かつ充分。
親身に説明していただいたN先生が話を通して下さったんだから、顔だけは出さないと失礼である。

名前を告げて「先ほど血液内科から…」というと、すぐに若い女性の係員が応対してくれた。
一応先ほどの内容、これこれこうでHIV患者並の免疫不全が起きているが、何らかの補助はありますか、HIVじゃないからないですよね、と話す。
女性もそうですね、お気の毒ですが…という感じで、やりとりを少し交わす。
こちらもすでに数年前にあれこれ勝手に調べて、「この病気じゃないとダメ」「このリストに載ってない病気は例え同じ症状でも、いやさもっと重篤な患者だろうとダメ」という事はよく知っている。
公的な助成制度なんかそういうもんだ。
親身にできるだけ助けてあげよう、ではなく、出来るだけ突き放し「自立」を促し、出来るだけ受けられない方向へと導く。職安でも経験したことだ。
今別に俺はこの白血病と悪性リンパ腫の境界型みたいな、よく解らんけど血液腫瘍であり、HIV患者に酷似した免疫抑制が起きているという「事実」は確かにあるが、「HIV患者ではない」。

要するに「エイズにかかって出直して来いよ」ってことだろう。

もちろん係の女性はそんな事を言うはずもなく、それどころか非常に親切に応対してくれ、俺の持って居た処方箋を見ると「ひょっとしたら、出されたお薬がHIV患者さんのものと同様だったりすると、類似例とか例外などを担当に調べて貰えるかも知れませんが…」とまで言ってくれた。

でもまあ、最終的に「HIVじゃないからダメ」に決まっている。だって役所とか役人が作る制度ってそういうもんでしょ。それこそ「柔軟に」なんてしちゃったら、全国あちこちで問題になっているように、目が見えてるのに視覚障害者という診断書を貰う奴や、朝からパチンコに並んでるくせに「鬱病」と診断してもらって生活保護を受けている奴がますます増える。

それくらい俺も大人だから理解しています。
本当に苦しんでいる人、助けが欲しい人にはちゃんと支援を与えて、助けてあげて欲しい。

で、俺が今そういう状態なのか、自分ではよく解らないが、周囲から見ると「大変困難な状況」だと皆が口を揃えて言う。
そうなのかも知れない。
しかし、全く、何も、助けはない。
時おり身内や友人知人のかけてくれる「心配」や「慰め」が唯一で一番の助け。
それでもうじゅうぶん、ありがたいし、幸福な人間だと思う。

「もう少し調べましょうか、ひょっとしたら自治体で別に何か制度があるかも…」
と言ってくれる係の女性をにこやかに制して御礼を言い、立ち話だけで相談室を出た。1分ほど。

それから会計をして帰宅、調剤薬局で「高い薬価」を支払って帰宅、1時過ぎ。
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テーマ : 医療
ジャンル : 日記

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コメント

朝、ユキちゃんに起こされるんですね。家にはレオ、ハナ、ルウといましたが(18才でお星さまになりました)、レオなんて子猫から飼ったのでわがままで俺様で、自分が目がさめると起こします。だから毎日5時とかでした。寝不足でたまりませんでしたよ。
ところで免疫抑制で、いろいろ注意しての生活は大変ですね。行動の制限は辛い。せっかく京都にお住まいだから、あちらこちらお出かけするといいところ沢山あるのに。。。そして一番困るのはお仕事に行かれないから、自宅でのことに限られてしまうことですね。北海道のお母様の所へ、お帰りになろうとお考えなったことはないのでしょうか。。。いずれにしてもお立場お察しいたします。お大事になさって下さい。

Re: タイトルなし

確かに、夫婦でシーズンオフ=人の少ない時期にあちこち見て回れた時は幸福でした。
人の多いところへも出かけたりもしたんですが、一人じゃないという安心感からでしたね。
結局、胆嚢除去手術以外は、免疫低下による帯状疱疹もカリニ肺炎も、連れ合いの
死後ですから、いかに「二人でいる」ということ、つまり「一人じゃない」という気持ちが
免疫に力を与えていたか。
それと、相手も病弱だっただけに、自分が支えなきゃという気持ちもあったと思います。
そういう「モチベーション」がなくなると、人は本当に弱くなり、病人なら尚更だと思いますね…

あと実家ですが、情けない話、じゅうぶんな広さはあり老母と兄の二人暮らしながら、家の
9割を兄が占有しているそうで(笑)。自分が倒れても帰る場所はありません。
もっとも、この体では北海道の過酷な寒さはもうしんどいだろうと思ってます。
京都でも、マスクなしで外の冷たい空気が肺に入った瞬間、ズキンときます。
昔は氷点下のダイヤモンドダストの中も、地吹雪の中も、襟巻き一つしたことなかったんですが。

人間最後は一人です。一人で頑張らなしゃあないんですわ。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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