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2005-04-30(Sat)

北米でジャンプに続き少女漫画がブレイク!?

北米でジャンプに続き少女漫画がブレイク!?---「Shojo Beat」Vizmediaの挑戦
【読売新聞05/04/30】
今朝の朝刊を読んでビックリ。いや、俺がかって日本漫画のアンソロジー「Secret Comic Japan」(こちらの記事参照:マンガマスター ―12人の日本のマンガ職人たち)を編著出版させていただいた、Viz Communications.Incが新しく「ビズメディア」と社名を変えたという記事が「顔」欄に載っていた。新しい社長は福原秀己さん(54)。一瞬「エエッ!?あの漫画家の!?」と思ったがもちろん人違い(笑)。それはいいとして、旧VizはFさんという巨漢のナイスな日本人の編集者が社長さんで、3年前に北米で出した「Shonen Jump」の編集長は連載コラムの後半の担当もしていただいたNさんだった。大幅に組織が変わったのか、前までのなじみの編集さんたちはどうしたんだろう。こちらには何も連絡がないので、ちょっと心配してしまった。
さて、新生VizMedia社は、今後北米初の英語版少女漫画月刊誌「Shojo Beat」を6月に創刊するという。「Shonen Jump」は実売20万部というのも驚きだし、その読者の4割が少女だという。そして「マンガばかり読んでるとバカになる」はウソ!?でも言及したように、「フルーツバスケット」の英語版の売れ行きは10万部。福原新社長は「米国のティーンに日本の少女漫画ブームが起きつつある」と断言している。メリルリンチ日本証券の副社長まで務めたという福原氏、実は「十代の頃『ガロ』で永島慎二さんの作品で泣いた」というナイスなお方。俺も永島先生の「かかしがきいたかえるのはなし」で泣いたぞ!
…これまで、日本の漫画はその表現としての豊かさ、面白さが世界に認められてきたとは言え、やはりアニメ人気が先にあっての人気作が多かった。しかし前述の「フルバ」などは完全に漫画作品そのものが受け入れられたということになり、すでにじゅうぶん「Shonen Jump」の成功でその下地は出来上がっていたということだろう。
いずれにしても、アメリカと日本の若者が同じ漫画を読み、感想を分かち合い、楽しむという時代がもう来つつあることは確か。新生Vizの今後に期待しよう。
2005-04-15(Fri)

「紙の爆弾」が最後のスキャンダリズムを背負う?

「紙の爆弾」が最後のスキャンダリズムを背負う?|Excite エキサイト ブックス (文学ガイド・書評・本のニュース)
YellowTearDrops


実はもう買って読んだあとでした。かつての「噂の真相」(通称ウワシン)的な、マスメディアの書けない記事を鋭く抉る…という鹿砦社らしいスタイルの雑誌。
いやね、実は目についたのは誤植というか誤変換。例えば「角川源義」が次のページでは「源吉」になってたり、NHK橋本元一・現会長の入社が大学卒業後の「一九四三年」ってなってたり(ということは橋本会長は最低でも御年85歳ってことになる=昭和四三年の間違い)とか、他にもいくつか。ともかく多くて困った。
基本的に誤植(最近ではほとんどが誤変換ミス)は編集者の責任。これは昔単行本を作った際に著者である松沢呉一さんに言われた(なので、校正は七、八回に及んだ)こと。とはいえ、ちょこちょこ誤植があると事実関係まで誤りがあるのでは、という偏見を持たれないだろうか。(このブログも誤変換が多いんだけど、下書きもなしに書いてるもので…「おしゃべり」だと思ってね♥)

「噂真」は、97年の「ガロ」の事件の際、ひどく不公正な記事を書かれたことで自分も憤慨したことがある。政治家や官僚、大企業のトップ、芸能人などの「スキャンダル」を暴くと言っておきながら、クーデター事件の被害者であった人を叩いたりするのはいかがなものか、と当時思った。それに「噂真」の岡留さんは「反権力」と言っておきながら高級外車(笑)乗ってたりしたっけ。関係ないけど。

ともあれ、ジャニーズのタレントが犯罪犯せば揃って「稲垣容疑者」ではなく「メンバー」と報道したり、吉本のタレントが暴行事件起こしても「容疑者」ではなく「島田司会者」と報道したりというダメダメのTV、メディアでありながらメディア規制法案に揃って一面で反対の声を挙げることもしない大新聞では報道できないような、おもろい記事を期待したいです。
2005-04-10(Sun)

岡田史子さんが亡くなった 追記

 それにしても改めて漫画というのは素晴らしい「表現」だな、と思う。
 ストーリーと、絵。この「両輪」で紡ぎ上げる作家の世界、宇宙。(「漫画ってのはお話と絵、この両方が高いレベルで融合したものなんだよ」というのは我が師・長井勝一翁の言葉だ)
伊藤剛さんなんかのブログを見て最新のマンガについて語られているのを見ると、いまの自分ではもはや処理不可能という感じで、ただ自分の守備範囲については伝えていく必要があるなと痛感しています。ad-lib-comic-diary - 岡田史子さん逝去より】
 確かに自分がもっとも漫画を、それもエロ劇画から少女漫画までむさぼるように読みふけったのはもう20年以上も前のこと。それ以降も、マス・マイナーを問わず、漫画は世に送り出され続けている。かつて米沢嘉博さんの仕事場にお邪魔した際、氏が「自分のところにはコミケの同人誌からメジャーなコミック雑誌、単行本からありとあらゆる漫画が集まってくるけど、全部読むなんて物理的に不可能ですよ」と語っておられたのを思い出す。
 自分がそれでもマスのコミックを極力読むようにはしているのは、単に職業意識からと言っていい。編集者だということ、それから学校でコミック雑誌研究という講座も持っているから、最低限の「勉強」はしとかないとという意味だ。これは面白い! というものは数えるほどしかない。(最近のマス・コミックでは『げんしけん』が面白い)
 漫画は、その絵柄の独自性だけでも、話の独創性だけでも、どちらかだけが突出していてもバランスが取れないと思う。絵が物凄く好きな作家でも、話がボロカスだと作品集を買って傍に置いておきたい、とは思えない。お話が好きでも絵柄が好みでない場合も同様。漫画って難しい。
 最近のマス・コミックの世界では、もちろん次々と新たな作家が発掘され、作品が送り出されている。相変わらず聞けば編集が主導権を握って「描かせている」ことも多い。絵柄は作家や流行で多少の変化はあるものの、ストーリーは別段「この作家じゃなくては描けない」というものではない作品が多いのは、そういうところに原因があるのだろうか。

 岡田史子も、もちろんつりたくにこもやまだ紫も、高野史子も岡崎京子も、彼女たちの「あの絵」で「あのお話」じゃないと絶対にダメだ。亜流が後からわらわらと沸いて来て、先達の切り拓いた道をホイホイと要領よく歩いて行こうとしても、我々の世代は「オリジナルの偉大さ」を語り継ぐ義務があるのでは、といつもながら強く思う。
 以前、あすなひろしさんのことでも同じことを述べたが、「死んでからでは、遅い」。偉大な才能が亡くなって、その才能を知る人がその死を悼む。そうして初めて、その才能に触れる人が出る。名作はそうして語り継がれていく…、消えてしまうよりはいいが、その作家が生きているうちに、才能を知る人がキチッと評価を明確にしておかねば、と痛切に思った。
 誰かがどこかでサブカルチャーとは、マスが取り上げない「いいもの」を評価する声をあげることというような主旨のことを書いていた。(あいまいな出典で申し訳ないが)その通りだと思う。もうこんな時代になっちまったら、メインとサブの違いなんて「マスであるか・そうでないか」でしかないような気がするからだ。
2005-04-09(Sat)

岡田史子さんが亡くなった

 今朝の読売新聞物故欄を見て驚く。岡田史子さんの死亡記事があった。今月3日に心不全でとのこと、まだ55歳の若さだ。「近年は筆を断っていた」とある。
 岡田さんは高校在学中の1967年に「COM」でデビューし、天才少女と言われた人だ。その絵柄から少女漫画に分類されているけれど、作風は幻想的なもの、詩的なものが多く、哲学的とさえ言われた。もう十年くらい前になるが、一時四方田犬彦さんの尽力などもあって、作品集が再刊行された(「岡田史子作品集」NTT出版)。オリジナルのサンコミック版は入手困難だったので嬉しかった。またあのまんだらけからは未発表作品が限定発売されるなど、「マス・コミック」しか知らぬ人たちにとっては無名かも知れぬが、その評価は依然高い。
 少女漫画といえば王道の恋愛もの、ラブコメだったりスポーツものだったりという時代、岡田さんの「COM」からのデビュー、そして独自の作風で作品世界を確立した創作活動は、少女漫画界にも少なからぬ影響を与えた。「ガラス玉」「ピグマリオン」が代表作と言われるが、実はたくさんの素晴らしい小編を遺している。それにしてもまだ55歳の若さで…と思うと悔しい。
 わが連れ合いであるやまだ紫は同じく「COM」でデビュー、紙面への登場は数年遅かったものの、当時はよく比較されたという。絵柄で言うとやまだ作品より岡田作品の方が少女漫画寄り。そして同じく独特の作風を築くが、岡田作品の方が形而上学的印象が強いか。やまだ作品は人の内面をよくモノローグで描いており、岡田作品は同様の作品もあるがやはり作家の精神世界が難解に描かれている感を持つ。
【ちなみによくやまだ紫に近藤ようこ、杉浦日向子を加えて「ガロ三人娘」として語られた時期があったが、世代的にもキャリアもやまだ紫は一世代上、そして近藤・杉浦お二人ともやまだのアシスタントをしていた経験があるから、俺は三人を人まとめに「娘」呼ばわりは無神経だと思っていた。】

「ガロ」では優れた女流のさきがけとしてつりたくにこさんもいたが(膠原病で夭折)、「COM」の岡田史子さんも逝ってしまわれた。
 つりたさんがジョン・レノンだとすれば岡田さんはジョージ・ハリスンか。となるとやまだ紫にはポールばりに長生きをしつつ現役でいてもらいたい。(<何の喩えだ、じゃあリンゴは誰よ??)
 …岡田史子さんに、合掌。
2005-03-07(Mon)

吾妻ひでお公式サイトがOPEN

失踪日記

イースト・プレス

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吾妻ひでお公式サイト
 まだまだコンテンツは未整備ながら、公式サイトが出来たのは嬉しいことですね。
 吾妻先生といえば自分にとってはやはり「ふたりと五人」だったりするわけですが、20年以上前、高校生の時に上京して兄の部屋に泊まった際、部屋にあった漫画類を読んでいて、吾妻作品ではじめて「あの絵柄で」女の子の陰毛を見ました。ストーリーは不条理な「夢」のような話で、普通の漫画ぽい展開ではなかったんですが、吾妻先生のあの絵柄での女の子の陰毛描写にえらく衝撃を受けたのを憶えています。
 当時はロリータコミックス黎明期で、「レモンピープル」やポルノとしてはエロ劇画から脱皮しつつある「漫画ブリッコ」などがせいぜいでしたが、吾妻先生の作品が掲載されていたあの本何だったかなあ。どなたかご存知だったら教えてください。
 …ともかく、エロ劇画が前からここでも述べているように二次元の女の劇画化、という意味で現在の二次オタ向けのもとは全くベクトルが違うんだけど、吾妻先生の絵柄は当時「ロリコン漫画」と一括してくくられ呼ばれていたものでした。ええと、内山亜紀(野口正之)などと同様に。なので「そういう絵柄」=「ロリぷに系」でエロティックな描写がある場合は当然「ワレメ」(笑)であり、陰毛が描写されることはあり得ず、ショックを受けた覚えがあるという意味です。
「失踪日記」もこれから入手するところですが(だからまだ読んでいない)、吾妻ひでおという作家が今のオタク的世界、というか今のオタクにコンテンツを「与える世代」に与えた影響は計り知れないものがあります。今現在の吾妻ひでおを知らぬオタクは、知らず知らずのうちに吾妻ひでおに影響を受けた世代に影響を受けているわけなのだから。
 今後の吾妻先生に大いに注目したいです。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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